短編小説 | ナノ
「どうして我々の邪魔をするのですか」

 ランスは目の前の少女ナマエに向けて言葉をはなった。自身のポケモンを倒しロケット団の最高幹部である彼のもとに向かおうとする彼女を引きとめて。

「ロケット団が悪いことをするから……かな」
「ふん、じゃああなたにとっての悪いことってなんですか?」

 ナマエは上の階に行こうとしていた足を止め、ランスの方向を向いた。正面から向かい合って話をするために。

「ポケモンや人を傷つけることとか」
「あなただってわたしやわたしのポケモンを傷つけているじゃありませんか」
「だってそれは」

 ナマエはランスの言葉に反抗しようとする。だがうまく言葉が見つからない。ごにょごにょと口ごもるナマエを尻目にランスは続ける。

「あなたはわたしたちの居場所を奪いに来たのでしょう?」
「奪う気なんて」
「ない、とでもいいたいんですか? さすが《正義の味方》さんですね。綺麗事がお好きなようで」

 ナマエのその発言にランスはくつくつと喉で笑う。心の底から嘲笑するかのように。

「あなたはわたしたちの仕事を奪い、仲間を奪い、居場所を奪い、未来を奪うんです。そうでしょう?」
「…………」
「正義の味方なんて大した理由もなく我々を悪と見なして潰しに来ます。わたしたちはここでしか生きられないのに」
「……捕まってから罪を悔いあらためて働くとか、生きる道ならあるはずじゃないの?」
「ははっ、なにをいってるんですか。元ロケット団なんて雇ってくれるとこどこにもありませんよ。あなた方のいう《普通》の世界では我々は生きてはいけません」
 
 それをこれまでの三年間で実感したものです。
 ランスはどこか遠くを見るかのように目をほそめ、そういった。
 今のロケット団を仕切ってくれているアポロが来るまでの日々は地獄であったと。もともとロケット団には社会からのあぶれ者が集まる。そんな人間たちがポンと一般社会にだされて普通に生きていけるはずもなかった。それにはランス自身も例外ではなく。
 泥水を啜るような生活を送ったのだそうだ。

「せっかく戻れたと――昔みたいに戻れると信じていたのに」

 帽子を深くかぶりなおしながらランスは呪詛のようにつぶやいた。
 そのときナマエは他のロケット団員達を思い出した。団服をくれた人。団服が似合うと言ってくれた人。チョウジのアジトではバトルに勝ったらしっかり約束を守り、パスワードを教えてくれた人。
 そこで少しだけ違和感を感じた。
 彼らは本当に悪い人たちなの?確かにヤドンの尻尾を売ったりポケモン悪いことをしたけど、何か大切なことを見落としていない? 周りに迷惑をかけたりする人たちだったけど、本当は私たちのいう《いい人》なんじゃないのか?

 困惑するナマエを見ながらランスは言葉を紡ぎ続ける。

「あなた方の世界に我々の居場所はない。我々の世界にあなた方の居場所はない。お互いが居場所を欲してる。そのための戦いなんです。まるで戦争ですね」
「わたし、は」
「あなたは負かしにきたのでしょう? 戦争に勝つために。まあわたしの言葉くらいでその決心が揺らぐのなら、やめて欲しいですがね」

 吐き捨てるように彼はいう。
 実際ナマエはランスの言葉に揺らされていた。自分のしていることが正しいのか。いま自分は何をすべきなのか。わからなくなる。
 だがナマエには、守らなければいけないものがある。彼らの居場所を奪ってでも、守らなければならないものが。

「でもわたしは行かなきゃ。わたしを待っててくれる人のためにも。ここまでついてきてくれた仲間達のためにも」
「……そうですか」

 強く拳を握りしめ、先ほどからそらしていた目線をランスに向ける。
 すこし悲しそうにはにかみながらランスは笑った。その表情をみてナマエは泣きたくなる。
 あなた達の居場所を奪ってごめんなさい。こんなやり方しかできなくて、

「ランスさん」
「ああ、謝らないでくださいよ。――謝ったってどうにもならないんですから」
「……じゃあ、わたしは行きますね」

 止めていた足を進め、ナマエは上に向かって歩く。彼とはもう二度とあえないだろう。そんな気がした。
 でももう振り返らない。

「ナマエ」

 後ろからランスの声がする。

「あなたとは別の方法であっていたら―――」

 彼の言葉はナマエの耳には届かなかった。でもナマエはもう戻らない、戻れない。
 そして、彼がなんと言っていたのか証明する術はもう無いのだった。


* * *


 あの日、わたしはなにかを救いなにかを壊した。そのことを周りは誇らしいことだと称えた。賛美の言葉を貰えば貰うほど彼の、彼らの言葉と表情が脳裏に浮かんだ。わたしはどちらのエゴを信じればいいのか、今では全くわからない。
 だが腹の内では賛美の言葉に疑念を抱きながら、今も小綺麗な正義の世界に身を委ねている。完全に矛盾しているのだ。
 なんだか酷く滑稽に感じて、思わず声をあげて笑った。

 思想も理想も理性も感性も。壊して、崩して、狂ってしまえば楽だったのか。わからない。

 でも、考えてみたら都合のいいエゴを押し付けて汚いことを周りのせいにしているのは、悪の組織でも正義の社会でもない。

 紛れもなく自分だった。





善と悪の定義を述べよ
 (20100601)
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企画提出予定だったもの。長いまとまっていない臭い等の理由から没に。
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