今日は処理する書類も少なかったので、春は定時に帰宅出来た。
一年で一番寒いこの季節、帰宅直後の部屋は完全に冷え切っているので、すぐにエアコンを入れる。
コートを片付け、部屋着に着替える頃にはすっかり周りの空気は温まっていた。
ついでに紅茶も入れて、ほっと一息つこうと思った矢先、インターフォンが鳴る。
「どちらさま?」
「僕だ」
そこにいたのはバーボンこと、安室透だったが、その声はいつもとは違って少し勢いがなかった。
「どうしたの?何か元気無いけど」
「春さんは、僕のことどう思っているんです?」
どうやら、立ち話で済まされるような話題ではないらしい。
部屋に招き入れ、ソファに座るよう促す。そして春もその隣に座る。
「で、私が透君のことどう思ってるかって?」
「いや、いいんだ……。
たとえ春さんが僕のことを好きじゃなくなっても、僕は…」
「ちょっと待って、何か話飛躍し過ぎてない?っていうか、いつ私が嫌いって言った……って、前は言ってたか……。
じゃなくてちゃんと好きって言ってからは言ったこと無い、と思うんだけど……」
春はここに来て素直になれなかった以前の事を思い出し、もしそれが彼を傷付けていたのかと思うと申し訳なくなった。
「謝らなくていい、春さんが悪い訳じゃない。
手作りのチョコをもらえないということは、僕は春さんに愛されてないということなのでは」
「はい?」
「え?」
シリアスな空気が一瞬ぼやけた。
「いや…だって、透君って人から貰ったもの食べないから」
「春さんは特別です」
「あー……もしかして、手作りチョコ欲しかった?」
「欲しかった、って言ったら笑うかい?」
安室の手が春の手に重ねられる。その手は少し冷たかった。
「ちょっと、笑えないなぁこれは」
ごめん、と春は安室を抱きしめる。
「私が無神経過ぎたわ。ほんと、ごめん。あんまりこういうの得意じゃなくてさ。
あと、そんなに重要な日だとは思ってなくて」
暖かい室内にいた春と違い、外から来た安室の体温は少し下がっていた。
それに気付いた春は、より強く安室を抱きしめる。
安室も春に応えるように抱きしめ返す。
「春さんはあったかいですね」
「まあ、帰って来てすぐにエアコン点けたからね。っていうか寒さのせいじゃない?
そんなマイナス思考になるのって」
「今日は春さんも冷たかったですしね」
安室は春の耳元でささやき、ついでにキスをする。触れた唇が思いのほか低い温度で、春の唇から思わず声が漏れる。
「っ…だって、なんか付き合ってるのがバレるのはまずいかと思って。ベルモットにはバレてるけど……」
「それは賢明な判断ですね。
ですが、1つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「どうしてジンに、手作りチョコを?」
「あー、もしかして見てた?」
ヤキモチを焼く安室が可愛く思え、春の唇が弧を描く。
でも、抱き合ったままの安室には見えない。
「あれは、どういうつもりで?」
「あれはただの嫌がらせだよ」
「はい?」
「あのチョコ、胸焼けがするくらいには甘いんだよ。とりあえず、透君冷えちゃってるから、お茶でも用意するよ」
春がそう言って安室の腕を抜け出そうとしたが、安室の力は緩まなかった。
「お茶よりも、春さんに温めてもらいたいのですが…」
もちろん身体でね、と付け加えるのを安室は忘れなかった。
「……今日は断るわけにはいかないか」
「春さんが嫌でしたら、無理強いはしません。こうしてるだけでも僕は満足ですから。茜さんから抱きしめてくれましたし」
安室が少しだけ体勢を変え、春の頬に口付ける。
その際に、左の太腿にあたった感触で春は彼の優しい嘘に気付いた。
「さすがにこんな状態で、我慢させるほど私は鬼じゃなんだけど」
「気付いちゃいました?そんなエッチな春さんも好きですよ」
拒否する意思が春に無いことを確認した安室は、優しくゆっくりとソファに春を押し倒す。
「何だろう、久しぶりに聞いたわその表現」
「じゃあ、何て言いましょうか?
いやらしい春さん?エロい春さん?淫らな春さん?誘い上手な春さん?」
笑顔が可愛い分だけ、安室の言葉は卑猥さが際立つ。
「お、おう…そこは甘えん坊くらいにしといて」
「それじゃ、思いきり甘えて。僕にしか見せない春さんを見せてください」
ちゅっ、とわざとらしく音を立てて安室が唇を重ねてきた。
それに応じるように春も安室にキスを返す。
軽く唇に舌を這わせると、安室は舌を絡ませるように深く口付けてくる。
いつものスマートな所作とは違い、貪欲に春の唇を貪る様なキス。
それを合図に、互いの境界線を忘れるほどに、濃密で甘いひとときに溺れる。
安室に対して春は素直になれた。偽ることなく正直に彼を求められる。
「嬉しいな、…春さんの、こんなに可愛い顔が見られるなんてっ」
「それは、なによりっ…」
「でもすみません、もっと、優しくしたかったのですが……今日は、無理かもしれません」
ここまで激しくしておいて今更?と春は言いたかったが、抗議よりも快楽の方が強く、吐息と嬌声しか発することが出来なかった。
いつもはもう少し余裕がある安室だったが、今日は違った。
無理もないか、と春は彼を全身で受け止めた。
今日はソファで致してしまったため、そのまま眠りに落ちる訳にはいかなかった。
ついでだからということと、安室たっての希望もあり2人で入浴することになる。
「そういえば、チョコって媚薬としての効用もあるらしいよ」
「ほう、それはそれは」
泡風呂の泡を掬い上げる春の鼻の頭に泡がつく。
「それを前提に考えると、バレンタインってよく出来た仕組みだと思うんだよねー。
チョコ食べる、ムラムラする、ホテル入る。そんで子供が出来れば出生率も上がるし」
「そこまで考えるのはあなただけですよ。僕たちはチョコが無くてもこの通りラブラブです」
嬉しそうに抱き着いてくる安室を、春は泡が鼻に付いたままお構いなしに抱きしめ返した。
おわり。