半強制的に連れてこられた場所。
高層タワーマンションのこれまた高層階。
おそらくジンの部屋だということを悟る。
外装はもちろんのこと内装もシンプルな高級感があり、少しだけ気後れしてしまう。
「あ、あのージンさん?これは一体」
「座ってろ」
適当に座るように促されたので、茜は目の前の革張りのソファに腰を下ろした。適度にツヤがあるが、肌に張り付くような嫌な感じがない。
相当にいい素材のようだ。
何となく値段を考えながらソファを撫でていると、ジンがコーヒーを出してきた。
「あ、ありがとうございます。……にがっ」
出されたブラックコーヒーを一口飲み、思わず顔をしかめてしまった。
「砂糖とミルクはねぇからな」
「……飲めない。そもそも、夜にコーヒー飲むと寝れなくなります」
「ガキかよ」
「いや、そんなことよりっ!なんでわたしはここにいるんですか」
わたしは録画の消化がしたいんです!と立ち上がるが、ジンに肩を押されて再び高そうな革張りソファに戻されてしまう。
「何を企んでやがる」
「はい?」
「お前のやる気の無さは何だ」
ジンの深い緑色の瞳が、茜を捉えると少しの間、口を噤む。
そして、はぁ、とため息をつき、それ、聞きます?と茜の声色が、いつもより真剣さを孕んでいた。
「本当、くだらない理由ですよ?言ったら帰っていいですか?」
「あぁ」
「はぁ……。
前は真面目に働いていたんですよ?こう見えて。会社のため、毎日毎日、残業してあー会社に泊まったこともあったなぁ。でも、どんなに成果を出しても上に手柄を取られるし、クソ小賢しい後輩は些細なことから揚げ足取ってくるし、挙げ句異議を唱えたら解雇通知。気づいたらコップの水が溢れてたんすよ。まぁ、よくある話ですよね。で、バカになったら楽になれるかなーって思って、やってみた結果がこれです」
ご清聴ありがとうございました。じゃあ帰ります。と言って茜は帰ろうとしたが、何故か視界が反転する。
目の前にジン、その後ろが天井。
「いや、今の話からなんでこうなるんですか」
背中にソファの座面の感触が伝わってきたことから、押し倒されたことがわかる。
「茜」
不意に呼ばれた名前。その声が、耳にこびりついて離れない。
ジンの手が茜の髪を梳き頬を撫でる。
「ジン、さん……?」
「お前はよくやっている」
思いがけない言葉。だがその言葉が、すぅっと胸の奥に溶け込み、やがて大粒の涙に変わる。
「え、なにこれ、こわっ!
ち、違うんですよ!ジンさん」
溢れてくる涙に戸惑いを隠しきれない。
ジンは覆い被さったまま、茜を強く抱きしめる。
「気が済むまで泣けばいい。
ここには俺とお前しかいねぇからな」
茜はジンの腕の中で、声を上げて泣いた。
今まで溜め込んでいた分、全てを。
ジンは彼女が泣き止むまでずっと、抱きしめたまま離さなかった。
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数日後。
再び休憩室にて、茜はいつものようにソファに座って、手足を投げ出し天井を仰いでいた。
「あー、帰りたい」
「まるで変わっちゃいねぇな」
ジンは呆れたように、茜の隣にどかっと座る。
「あ、ジンさん。人間、染み付いた性格はそうそう変えられませんて。任務はきちんとやるのでご心配なく」
茜のやる気の無さは、治らなかったらしい。
だだ、あの日から1つだけ変わったことがある。
「当たり前だ。抜かるなよ。茜」
ジンは茜を名前で呼ぶようになった。
「分かってますって!わたし、やれば出来る子なんで。まぁ働きたくないんですけど」
「……能ある鷹は爪を隠す、か」
「何か言いました?」
茜がジンの顔を覗き込むと、不意に頭に手を置かれたと思ったら、ぐしゃぐしゃに撫でられた。
「わわ、ちょっと!」
「行くぞ。茜」
立ち上がったジンに手を差し伸べられ、その手におずおずと自分の手を伸ばす。
その瞬間、勢いよく引っ張られジンの胸へとダイブ。
そして、腕の檻に閉じ込められる。
「ジ、ジンさん……!」
「俺の所に永久就職してもいいんだぜ?」
いたずらっぽく囁かれた言葉は、しばらく頭から離れなかった。
(本当はジンさんの気を引きたかったから、なんて言ったら怒るかな?)
おわり