二人の時間
何事にも、限界はある。

コップに注がれる水がいずれ溢れてしまうように、彼女の欲望もまた、積もりに積もって溢れ出しそうだった……。


そんなある日の夜。

自宅にウォッカを招き二人で食事をした。
そして二人で片付けをする。

「やっぱり、ウォッカさんて、料理上手いですよねー」

かちゃかちゃと、音を立てながらウォッカが食器を洗い、そのあと彼女が食器を拭いて棚に戻していた。

「あ?そうか?」

「そうですよー」

洗い籠の中の食器を拭きながら、他愛もない会話をしていたのだが……。
ふと、振り返ると食器を洗うウォッカの後ろ姿が目に入る。

そしてふらふら〜と、大きなその背中に吸い寄せられるようにウォッカに近づき、おもむろに彼を抱きしめた。

「お、おい…!いきなりどうした」

当然、ウォッカは驚くが彼女はお構い無しに、ぎゅうっと抱きしめる力を強くした。

「……我慢の限界です」

ザーーっと水道から水の流れる音が響く。

彼の大きく温かい背中に頬をピタッとくっつける。

「一体どうしたんだよ」

「何て言うか……大きなクマのぬいぐるみみたいだなぁって」

「はぁ?」

想像の斜め上をいく彼女の答えに、間の抜けた声がでてしまった。

「……ウォッカさんをね、見てるとなんかこう、抱きしめたくなる衝動が抑えきれなくて……。普段我慢してたんですけど、もう無理です。我慢の限界です」

力強く抱きしめ、ウォッカの感触を堪能する。

「……あんたなぁ……」

呆れながらも、ウォッカは抵抗も何もしない。

「ふふっ……よし!」

一頻り堪能したかに思えたのだが、彼女は一旦離れると今度は両腕を広げた。

「ウォッカさん、ウォッカさん」

「今度はなんだ?」

ウォッカは、水で手を洗いタオルで拭き、彼女の方を見る。

「ハグして?」

「は?」

少し上目遣いでウォッカを見つめると、思わずその視線に心臓が高鳴ってしまうウォッカ。

「ハグ!ぎゅ〜って!してください!」

両腕を広げたまま、ウォッカを待つ。

「ったく、しょうがねぇな」

はぁ……とため息をつくが、どこか照れたような声色が窺えた。

「ほら、これで満足か?」

ウォッカが彼女を抱きしめると、すっぽりと腕の中に収まってしまう。

「もっと、ぎゅう〜〜〜って」

「もっとって……あんた潰れちまうぞ」

「大丈夫です!」

満面の笑みでウォッカの胸板に顔を押し当てる。

少し戸惑いながらも、ウォッカは彼女の願いを聞き入れた。

「痛かったら言ってくれよ?」

ぎゅ、と少し腕に力を込める。

「はい!……あぁ、この圧迫感……幸せ……」

彼女が幸せを感じる時、ウォッカもまたその幸せに喜びを感じる。

その時、テーブルの上にあったウォッカの携帯が鳴った。

キッチンで抱き合っていた二人は揃ってそれに視線をやる。

「あー……残念。時間切れみたいですね」

ちらりと見えたディスプレイには兄貴の文字。

「…名残惜しいが、兄貴からじゃあな」

そう言って、彼女から離れ電話に出る。

ウォッカが離れると、さっきまでのぬくもりがさぁーと冷めてしまう。
それがなんとも寂しくて……。

通話を終えたウォッカに再び抱きついた。

「また、任務ですか?」

「あぁ」

彼女の頭をぽんぽんと撫でてから玄関へ向かうと、彼を見送るために一緒に玄関までついていく。

靴を履くウォッカに、帽子を差し出す彼女。

「寂しいですけど、しょうがないですね。……じゃあ、行ってらっしゃいのちゅーしてあげます」

「は!?……っ!」

いきなりの問題発言に驚く間もなく、唇を奪われてしまった。

一瞬の触れ合いだったが、唇が焼けるように熱くなる。

「ふふっ……行ってらっしゃい」

「……おう。行ってくるぜ」

くしゃりと彼女の髪を一度だけ撫でた。


「くれぐれも気を付けてくださいね」

「分かってるよ」

じゃあな。と声をかけ玄関を出ていった。

バタンと閉まるドアを見つめていると、間もなく再びドアが開かれた。

「ど、どうしたんです?」

つい数秒前に見送ったウォッカが戻ってきて目を丸くする彼女。
一体どうしたのか訊ねると、

「ちと、忘れ物をな」

照れたような笑みを浮かべるウォッカ。

「忘れ物?…わたし持ってきますよ」

「いや、いい。忘れ物はここに……」

あるからな、と彼女を引き寄せて、先ほどよりも濃厚なキスをする。

「……んんっ!」

「ん……、は……っ」

重なり合った唇から、熱を分け合う。

わずかに顔を離し互いの頬に、指先で触れ合う。
視線が絡み合って、胸の奥が熱くなった。

「ふ……、はぁ……ずっとこうしてたいが、そうもいかねぇからな」

「ん、……ジンさんに怒られちゃいますね」

最後にもう一度だけ、ぎゅっと抱きしめて、触れ合うだけのキスをした。

「じゃあ、今度こそ……行ってらっしゃい」

「おう。またな」

またな、と言ってにかっと笑うウォッカにトクンと胸を高鳴らせる。

ウォッカが出ていった後、急いでベランダへ移動してエントランスから出てくるウォッカを見つける。

「ウォッカさん!…行ってらっしゃーい!」

彼に声をかけて大きく手を振ると、それに気づいたウォッカも片手を上げて控え目に振り返してくれた。

彼が闇に溶け込んでいくまで手を振って見送るのだった。



おわり


prev / next

bkm

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -