「で、どうするんです?」
「実はおすすめの店があるんですが、そこでいいですか?」
茜はとりあえずバーボンに任せることにした。
「何か意外ですね。そんなに飲まないイメージな気がするのに」
「そんなに飲みませんよ。でも雰囲気がいい店ってあるじゃないですか。僕はその場の雰囲気を楽しみたいんです」
そんな一面があるとは知らなかった。
慣れ親しんだ人間関係もいいが、普段はあまり接することがない人間と席を共にするのもたまにはいいのかもしれない。
市街地までは少し距離があるので、タクシーを使った。
その店は路地の奥にあった。店内に入ると、深夜だというのに既に八割方の席は埋まっていたので、空いていた奥のカウンター席に並んで座る。
メニューを見ていると、バーボンも身を寄せる様にしてメニューを覗き込んでくる。
「先見ます?」
何となく圧迫感を感じたので、メニューを渡そうとすると
「いえ、僕はもう決まっているので」
やはり彼は距離を詰めてきている気がする。元々そういった性格なのだろうか。
カウンターの中にいる店員に注文を告げる。すると数分と待たずに酒が提供された。お通しもあったので、他のメニューがくるまで何とかしのげそうだ。
「じゃとりあえず乾杯」
茜はハイボール、バーボンはスコッチソーダのグラスを互いに軽く当てる。
昨日の失敗もあるので、今日は度数の低いものを選ぶことにした。
「ハイボール、好きなんですか?」
「まあ何にでも合うし、そこそこ酔えるし。でも一番好きなのは蕎麦焼酎かな。あー……っと」
「安室でいいですよ」
何となく、店でコードネームを呼ぶのを躊躇っていると察してくれたバーボンが名前を教えてくれた。
「えっと、安室さんは飲むイメージが全然ないですけど、飲めるんですか?」
「……そんなに飲めなさそうに見えます?」
少しいじけた様な目で、安室がこちらを見てくる。それが何だか可愛らしくて茜は笑ってしまった。
すると安室はグラスのスコッチソーダを一気に呷って空にする。
そして、どうだと言わんばかりに茜の方を見てきた。
「あー、はい。ごめんなさい」
「いいですよ。あまり飲まないのは事実なので。
すいません、同じものください」
安室が追加でオーダーする。心なしかすでに顔が赤い気がする。
「ほどほどにしてくださいね。酔った人間の介抱ほど厄介なものはないですから」
「迷惑なんてかけませんよ。僕もいい大人ですし」
「だといいんですけど」
その後、色々な話をしながら、少しずつ酒を消費していった。
その中で茜は安室が意外と話しやすく、こういった席でも楽しく過ごせることを知った。
「ですから、やっぱり素直になって聞いた方がいいですよ」
「そうですかー?……私が気にし過ぎなのかな」
話は自然と先程の話題になった。
大切な約束を忘れてしまったら、相手に聞くか否かという話だ。
茜も少しずつ決意が固まってきていた。今度はジンとしっかり向き合って、決着をつけなければ。
心を決めたと同時に、右肩に何やら衝撃と重みを感じた。
それは安室が茜の肩に頭を預けているからだった。
「あのー、安室さん?」
「なんですか?」
「酔ってます?」
そう聞くと、安室は首を横に振る。追加のスコッチソーダは半分までしか減っていない。
「いえ、ちょっとねむいだけです」
「世間的にはそれを、酔ってるっていうんですよ。そろそろ帰ります?」
安室はまたも首を横に振る。
「ほら、お店にも迷惑かかりますし。ほんとにもう、脳みそいっぱい詰まってるから頭重いですって」
頭をポンポンと叩くが、肩に頬ずりされただけだった。
これがあの、バーボンなのか?頭のきれる奴だという噂はよく聞いていた。が、今目の前にいるこの酔っぱらいはそうは見えない。
このままだと本当に動けなくなるので、店員に水をオーダーし安室に渡す。
「とりあえず、お金払ってきます。ので、それ飲んでてください」
「いえ、誘ったのは僕ですから」
僕が払います。というもどこか危なっかしい動き。
なんだか埒が明かなさそうと踏んだ茜は、安室からお金を預かり急いで会計を済ませた。
席に戻ると安室はカウンターに突っ伏していた。
「まったく、これだから酔っ払いは……」
そこまで言いかけて、茜は昨日の自分の事を思い出す。もしかしたら今の安室のような状態だったかもしれない。
そう考えると、ジンに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
彼は本当にただ介抱しようとしてくれていた、のかもしれない。
それを自分がのしかかるか何かして、あんなことになってしまった可能性もある。
とりあえず謝ろう、話はそれからだ。そう茜は誓ったが、今は目の前の安室をどうにかしなければいけない。
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