酒は飲んでも呑まれるな

20代後半に入ってから、大量に飲んだ翌日は身体が異常にだるくなることに気付いた。

以来、店の酒が無くなるまで飲むような無茶をすることはなくなり、楽しいと感じられる程度でやめるようにしていた。

そんな中、昨日は近年まれに見るほど深酒をした気がする。

洗いたてのまっさらなシーツが少しだけ目覚めを快適にしてくれた。

と思ったのも束の間。盛大に寝返りをうつと、激しい頭痛に襲われた。

「い"っ……!」

痛みに耐えられず頭を押さえるが、何か白っぽい細い糸のようなものが目の前に垂れている。

「なに、これ……」

恐る恐る手を見ると、そこには無数の白っぽい……銀糸の髪が絡まっていた。

「……っ!?」

驚きのあまり、ベッドから飛び退いた時に気づく。

果たして自分のベッドはこんなに広かったか……?

起き抜けに、身体の向きを変えようとして何度か落下したことがある。

しかし今は何ともない。

次に違和感を生じたのは、肌に直に触れているシーツの感触だった。

酔って帰ってきても、最低限下着はつけて寝るようにしていたはずが、今は紛れもない全裸だ。

よくよく考えれば分かることだった。

ここは自分の部屋ではない。

部屋の天井を見れば、真っ白で圧迫感を感じさせない高さがあるそこには、大きなファンが付いている。

まるで、少し高級なホテルにあるような設備だった。



ホテル?



そこで茜の脳内には一瞬にしてこの状況が示す意味が構築された。



やってしまった。


あの指に絡まっていた銀糸の髪は、まずジンのもので間違いない。

だが昨晩の記憶を辿ろうとするも、どう頑張っても任務終わりにジンと飲みに行ったところまでが限界だった。

その後どういう経緯でここに来て、こうなったのか。

どちらから誘ったのか。

そしてわたしが今後、どのように対応するのが得策なのか。

幸か不幸か、一夜を共にしたジンはもういなかった。

ベッドの周囲に散らばる下着と服をかき集めつつ、茜はこの状況に対応するべく脳をフル回転させる。



そして、導き出された結論はとりあえずシャワーを浴びることだった。

とにかく、一度シャワーを浴びたかった。さっきかき集めた下着と服、それからバスタオルを持って浴室に移動する。

服を脱ぎ捨て、鏡に映った姿に自分の姿に愕然とした。

北斗七星の形ではなかったが、それ以上の数の赤黒い跡が身体に残されていた。

それを目にすると、断片的に記憶が甦ってくる。

どのようにしてそれらが付けられたのか、彼の手が、舌がどこに触れたのか、その感触と息遣いまで思い出してしまった。

その記憶に、先程の指に絡まっていた髪がリンクする。



シャワーごときでは決して消えないが、せめて少しでも早く気持ちを切り替えたかったので、茜は水の勢いを強めた。

強い勢いのシャワーに打たれていると、多少気分がすっきりしてきた。

いつもより入念に身体を洗い、シャワーで洗い流す。タオルで強めに身体を拭き、素早く昨日の下着と服を着込んだ。

チェックアウト時間が迫っている。

茜は人目に触れても問題ない程度に素早く身なりを整え、ドアを開け部屋を後にした。



足早に廊下を移動し、エレベーターに乗り込む。この時間帯に行動している客はほとんどいないようで、エレベーターはスムーズに37階から下降していった。フロントに行くと、支払は既に済んでいるとのことだった。


正面玄関から外に出ると、タクシーの待機列が目に入ったので先頭の車に乗り込む。

行き先を告げると運転手は小さく返事をして車を出す。

茜の恰好から、運転手がよかれと思って暖房を強めに入れてくれた。だが、彼女はマフラーを外す訳にはいかなかった。

首筋に髪や服では隠れない位置に赤黒い跡を残されていたからだ。

その後20分ほどで家に着く。タクシー代を払うと財布の中身は大分軽くなってしまった。




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