いつものように茜は、ジンのセーフハウスに来て歌っていた。
しかし、この日は少し違っていた。
叫ぶように必死に歌う茜ではなく、ささやくように優しく、どこか泣いているように歌っている。
それが癪に障ったようだ。
「……気に入らねぇ。苛つかせるな!」
ジンは茜の胸ぐらに掴みかかった。
「……ごめん」
いつもなら殴り返すほどの勢いなのに、今日は謝るだけ……。
「失せろ」
ジンは舌打ちをし、茜の胸ぐらを掴む手に一瞬力を入れて、ゆっくりとその手を離し背を向ける。
「うん。そうする……。でも、その前に言わなきゃいけないことがあるんだ」
ジンの背中が少しだけ反応を示した。
茜はそのまま、言葉を紡ぐ。
「わたしね、……明日、消えるんだ」
そんな告白でも、ジンは振り返らない。
「消えるっていっても、元の世界に戻るだけなんだけどね……」
何でもないようにおどけて喋るも、茜は自分の目から伝うあたたかいモノに気づいてしまった。
そして、無反応な背中に頬を寄せて、抱きしめる。
「でも、わたし……戻りたくない……」
「何故だ」
その背中から声が伝わる。
ジンが、スキ
抱きしめていた手を離し、体を離す。触れていたぬくもりが、徐々に消える感覚が胸を痛める。
「…っ、それだけ、言いたかったの!……もう会えないから」
茜は涙を拭い、にっこりと笑う。
その瞬間、ジンは胸が締め付けられるような感覚に陥った。
呼吸が出来ない…目の奥が熱く喉が焼けるようだった。
気がつくと彼は、茜を抱きしめていた。
「ジ、ン……?」
「自分だけ言いたいこと言って消える気か?」
今までにないぐらい、きつい抱擁。彼のぬくもりが戻ってくる。
「誰が行かせるか。……ここにいろ」
「……うん」
頷くと同時に、噛みつくような口づけをされる。
まるで自分のものだと、印を付けるように。
茜は何度もジンを呼び、ジンはそれに応え続けた。
互いの身体の熱を受け止め、その存在を確認する。
目が覚めると、隣には誰もいない。
記憶にも存在しない愛しい人を想い続け、彼女は涙を流す。
この世界から消えてしまったぬくもりに囚われながら、彼は今日も非情になる。
おわり。
bkm