白いお手玉


 お手玉遊びをしても、戦艦内では刀の錆びにされてしまう。
 お手玉遊びをしようとしても、お手玉の中に入っている小豆はとても高い。農民の手には届かない。むしろ、食糧の供給が満足にできない時代。小豆があればすぐに位の高い武士の腹の中に渡ってしまう。
 お手玉遊びをしようとして布を求めても、ボロ布しか出てこない。
 お手玉遊びをしようとしてボロ布で皮を作っても、中に詰めるのが石では、雀や鴉を追い払う石ころにしかなりやしない。
 キヨミは、喜瀬キヨミという少女は、かつての住処で夢中になっていたお手玉遊びのことを思い出しながら、童謡を歌っていた。
 その桜色に色づいた唇は、埃が煙のように巻き起こる戦場では似つかわしくない歌を、歌っていた。
「――ずっころばーし、ごまみそずい。ネズミがツボ割ってちゅうちゅうちゅう、ちゅうちゅうちゅう」
 ちゅうちゅうと鳴くネズミの口を真似するように愛らしい唇をすぼめても、キヨミの目に映るものの光景は変わらない。
 喜瀬キヨミが切り伏せた機械の侍の残骸や、人間の侍が積みあがった山だけが、キヨミの目に映っていた。
「……ずっころばし、ごまみそずい……瓦のネズミが米割ってちゅう、ちゅうちゅうちゅう」
 喜瀬キヨミが一番槍で飛び込んで占領した戦艦から落ちた大砲の筒に座りながら、ぴゅうぴゅうと焦げ臭い臭いを運ぶ風を頬に受けていた。
「そんなところで、なにをしている」
 背後から聞こえる声に、キヨミは振り向く。
 気配を押し殺した少年、キュウゾウが二本の刀を手にして、操縦室だったものの上に立っていた。
「じきに、落ちるぞ」
「ん、知ってる。一休み、していた」
「なにを馬鹿なことを」
「バカじゃないもん」
 キヨミはキュウゾウに対して子どもじみたことを言う。
 自分より年の若いキヨミが膝を抱える様子を、ジッとキュウゾウは紅玉の瞳で見ていた。
「他の人が、来ないかな、って、待ってた」
「……なにを、馬鹿なことを」
(煙を上げながら落ちる戦艦に、わざわざ乗り込んでくる馬鹿がいるか)
 とキュウゾウが紅玉の瞳でジッと見てくることに構わず、喜瀬キヨミはぼんやりと、上空で戦う侍たちの戦いを見る。
 人間の侍が機械の侍を切り伏せ、空へ駆け上った。
「……疲れちゃった。上空に上がれば、また、斬れるかな?」
「なにを、当たり前のことを」
(当然だろう)
 と含意したキュウゾウの言葉に背中を押されて、喜瀬キヨミはノロノロと腰を上げる。
 喜瀬キヨミの手には、斬り殺した侍の手から奪った刀が、握られていた。
「いい刀、ないなぁ。ねぇ、キュウゾウ。もっと敵を切り伏せたらもっといい刀、もらえるのかな? 私にピッタリの刀、もらえるのかな?」
 他人の手から奪った刀を手にしながら、キヨミは後ろにいるキュウゾウへ首だけを動かして聞く。
 キュウゾウは自身の刀を手にしたまま、ジッと動かない。
「……なんてね、わかってる。私に似合う刀くらい、自分で見つけなきゃいけないことくらい。だけどなぁ、あーあ」
 キヨミは他人から奪った刀で小さく素振りをしながら、空を見上げる。
 今頃、上空では上司がビシバシと指揮を放っていることであろう。
「……なんで、いつもお守りとかかんざしを、くれるんだろうね」
「知るか」
 キュウゾウは自分たちの上官がキヨミへ渡すものの意味を知りながら、ぞんざいに切り捨てる。
 他人の刀を手にしながら伸びをしていたキヨミは、空を見上げたまま答えた。
「うん、そうだよね。知らないよね。だったら、実力で言わせるまでだよね」
 納得したキヨミに、キュウゾウは首だけを動かして答える。
 キヨミは腕をブンブンと動かしながら、煙を上げる戦艦と機械の侍の数を数え始めた。
「キュウゾウ、競争、しよ。どちらが先に多く斬ったか、勝負だ!」
「御意」
「よっし、いっくぞー」
 隣で小さく頷いたキュウゾウの言葉を聞きながら、キヨミは自身の掛け声とともに、傾いた甲板を駆け上がる。キュウゾウもまた、キヨミの掛け声に合わせて走り出した。
 キュウゾウが、先手を取った。
 キヨミが遅れて、デッキから飛び上がった。
 キュウゾウが向かってくる斬艦刀を切り伏せた。
 遅れてキヨミが、真っ二つになった斬艦刀の微かな隙間を利用して、バラバラの足場を作った。
 斬艦刀を切り伏せた勢いを利用して上空へ駆け上るキュウゾウと、バラバラにした斬艦刀の塊を利用して駆け上るキヨミの動きは、まるで一繋ぎの数珠のように繋がったものだった。
「あ!」
 敵の姿を見つけたキヨミが足場にした残骸を勢いよく踏みつけて、高く上空へ飛んだ。
 キヨミより一歩先出ていたキュウゾウは、上空へ駆け上りながら、それを目で追う。
「はい! いっちょ、あがり!」
 敵の位置を確認し、空中で錐揉み回転をしながら落ちる位置を調整したキヨミは、機械の侍の頭から刀を振り落した。
 スコープを動かした機械の侍の体が、縦に真っ二つになる。
 キヨミは落ちる重力を全身に受けながら、身をよじらせて左側にあった壁を、刀で勢いよく切り伏せる。
 キヨミの刀が、震えを起こす。
 それと同時に、刀身にヒビが入った。
「ありゃ」
 キヨミがおどけた声を出したと同時に、機械の侍の半身が、横に真っ二つになった。
 キヨミは上半身と切り離された機械の足を踏み台にして、更に高見を目指す。
 キュウゾウは落ちてくる機械の足を片手で切り落としながら、上空へ上った。
 キヨミは背中を見せる機械の侍の足にヒビの入った刀を突きさしたあと、まだ無傷の刀を手にして、器用に機械の侍の体を駆け上った。
 キュウゾウもまた、近くにきた機械の侍を利用して、空へ駆け上る。
「たくさんきて、切り伏せて!」
 集う機械の侍や斬艦刀、人間の侍の数を受けながら、キヨミは口を開く。
 キヨミの体がオイルや血で汚れ、脱力する人間の手から刀を奪う。
「そうすれば、空の彼方までいけるかも!」
 地上へたくさんの死骸を落としながら、キヨミはハキハキとした声で言う。
 キュウゾウは口元に笑みを浮かべながら、数々の侍を切り伏せていた。
「ところで!」
 ここにいない人間に対して口を開いていたキヨミが話しかけてきたことに、侍は驚く。
 ベットリと機械の侍と人間の侍の血を全身に浴びた少女が、純真爛漫にほほ笑むさまは、見るものを怖気づかせた。
「あなたは、だれ?」
『侍を切り伏せる』という興奮で我を忘れていた少女は、かわいらしく小首を傾げたあと、対面した侍の体を刀で、なんの躊躇いもなく切り捨てた。

――少女を取り囲む数百の侍の後ろで、薄絹の髪と紅玉の瞳を持つ少年が、鬼人のような笑みを浮かべながら、自分を取り囲む数百の侍を斬り続ける。
 上空で敵軍の攻防に当たっていた侍のいくつかが、二人の少年少女のもとへ流れていく。
 本丸にいた指揮官は、慌てて離れる侍たちを呼び戻そうとした。
「は、早く戻れ! 敵の手に本艦が落ちるだろう! は、早く戻れ! ただでさえ、戦況はこちらのほうがふ、」
 無線を手にした指揮官は、機械と人間の侍の血で全身をベットリと濡らした少女の笑顔に、全身を凍り付かせた。
 少女の刀が悲鳴を上げると同時に、指揮官の体が床に崩れ落ちる。
 少女は真っ二つに折れた刀を見ながら、残念そうに呟いた。
「あーあ、落ちちゃった」
 刀の柄から真っ二つに折れた刀身を残念そうに見ながら、先に敵の本丸に辿り着いたキヨミは、床を蹴った。



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