金色のお手玉


 キヨミの遊んでいるお手玉が、突如としてボウガンの矢によって突き刺された。
「……ひどすぎる!」
「ハッ。こんな雄くせぇところで、呑気に遊んでいるアンタの身の方が危ないと思うが?」
 お手玉の消えた手に茫然としたキヨミが驚いた一言に、ショッキングピンクの長髪を垂らす男は袖を垂らしながらキヨミへ近づいた。
 キヨミは近づく男に、唇を尖らせて言う。
「うるさいなぁ、もう。人がどこで遊んでいようが、勝手じゃない?」
「はいはい。それにしても、綺麗な蝶々だこと。籠にさらってしまいたいぜ」
「口説き文句は結構。ところで」
 キヨミの腰に巻かれた帯の端から垂れたキヨミの髪へ目を移した男の手を払いのけて、キヨミは言う。
 ショッキングピンクの長髪を持ち、さらにはキヨミの手にあったお手玉を、ボウガンの矢でいとも見事に壁へ突き刺した男は、不敵な笑みを浮かべながらキヨミを見下ろした。
「なにか仕事は、ない? 暇で暇でしょうがない」
「それなら結構。アヤマロ様のお抱えである踊り子に力仕事をさせては、怒られてしまいますから」
「別にお抱えじゃないんだけどなぁ。っていうか、どちらかというと舞子だし? ほら、刀扱えるから」
「……そういう意味でなったのかよ」
「なに、悪い? 侍の肩書きを隠しても、刀を離すことはできないの」
「はいはい。じゃー、仕事をやろうかねぇ」
「な、なによ」
 冷たく見下ろし始めたショッキングピンクの男、ボウガンがぞんざいに肩を握って後ろを向かせたことに、キヨミは一頻りの疑心と不安を抱く。
 ボウガンは重い溜息をつきながらキヨミに言った。
「ほれ、お使い。今日も道楽息子の相手をして疲れてんだ。酒とツマミ、頼んだぜ」
「……少しは分けてよ」
「ほれ、小遣い」
 意地の悪そうに笑ったボウガンをキヨミはジト目で見上げたあと、重い漆塗りの下駄を鳴らして下層へ降りて行った。
 大戦時代から伸びた髪を結ぶ金色の簪は眩しく太陽をはじき返し、頭部を飾る装飾はシャラシャラと音を立ててキヨミの頬を掠る。
 膝丈まで垂れる袖は埃を孕んだ空気に触れても、その気品さと輝きをなくさず、キヨミの動きに合わせてゆったりと揺れる。
 贅を尽くした装飾品と着物によるキヨミの格好は、虹雅渓の豊かさを表す一つの指標となっていた。
 武士の道に聞く『質素堅実』から外れないような格好に心がけるキヨミは、屋台から漂う匂いに涎を垂らしそうになる。だが、イモリの串刺しより中層にある茶屋に食べに行ったほうがいい。
 キヨミは一時の飢えを我慢して、さらに下へ降りようとした。
「よう、嬢ちゃん! また、“抜け出し”かい?」
「あ」
(マサムネ、さんだっけ。中層辺りにある鍛冶屋の……)
 キヨミは虹雅渓の主、アヤマロから貰った髪飾りをシャラシャラと鳴らしながら、赤い鼻の老鍛冶師が近づく様子を見る。
 背丈の低い鍛冶師は、キヨミを見上げながら言う。
「まぁた抜け出しては、なにか言われるんじゃねぇのか? ほら、あの赤いお侍やサングラスをかけたお侍に」
「あぁ。大丈夫ですよ。暇ですから、今。それより、なにかしてらしたんですか?」
「いやぁ、そう言う問題じゃぁ……いや。ちょっとな」
 キヨミの返しに老鍛冶師、マサムネはイボのある頬をポリポリと掻きながら、思い出した野暮用をキヨミに言った。
「下にいる夫婦が、包丁を刃こぼれした、なんて言うからな。それで、下の様子も見に、ちょっくら行ってくる予定だ」
「へぇ」
「こう言ったからには、ちゃんと言ってくれよ? 『虹雅渓のお目付け役』さんよ。ご意見番の仕事も、楽じゃないねぇ?」
「……いつから、そうなったのかな?」
「アンタ自身が、そう言いふらしまわってると聞いたが?」
 ニヤニヤと笑うマサムネに言い返すことのできないキヨミは、分が悪そうにポリポリと滑らかな肌の頬を掻いた。
 黒い漆で重厚に塗られたキヨミの下駄が、自分と同じ方向へ向かわれていることにマサムネは気づいた。
「お。アンタも、下になにか用事かい? 『その』格好で」
「……まぁ。そのための、『お目付け役』って言う言葉ですし」
「またまたぁ。上手いこと言いなさって。どーせ、あれだろう? お侍は怖くて仕方ないねぇ。どーせ、人を斬りたくてたまらないんだろい?」
「うーん、そういうわけでも……」
 キヨミは肘で小突いてくるマサムネに言い返せないまま、話を続ける。
「……面白いのが、見られないかなぁ、って」
「ハハッ。じゃぁ、そう言うことにしておいてやろう。まぁ、ここ最近じゃ、そう滅多に見られないがね。『お侍さまにとって面白いこと』、は」
「……うん、まぁ」
 ニヤリと笑いながら言ってくるマサムネに、小さく頷きながら、キヨミは通り過ぎる光景を眺める。
 ここは、商人の支配する街である。
 日雇い労働者の寝食する場所となるドヤが多く集まる下層に、商人の手によって完膚無きにまで落ちぶらされた侍が住んでいた。

――そんな場所に、『侍』としての戦いを求むキヨミが求むような侍が、いるであろうか?

 キヨミは脳裏に浮かんだ、『侍』と『空』を忘れて料亭の太鼓持ちに身を落ち着かせた男の姿を、そっとしまい込みながら、目を開いた。
 トタンを張り合わせたような黒い壁は地面に埋もれ、むき出しの地面がキヨミたちを迎える。
「じゃ、俺はここまでだ。絡まれないように気を付けろよぉ、嬢ちゃん」
「ハハ」
 去り際に一言を残すマサムネに苦笑を残しながら、キヨミもその場をあとにする。
 エレベーターで下層についたキヨミは、汗のこもった雄の臭いと溜まった垢の臭いに鼻を塞ぎながら、トタンを張り合わせて塔を作ったような、ちぐはぐな建物の間を通って行った。
「き、」
 何ヶ月も風呂に入っていないような大柄な男を一発で仕留めたあと、キヨミはボウガンに言われた店へ行く。
 彼曰く、『ここの味が忘れられない』とか言うらしいが……。
(果たして、それは本当なのかなぁ)
 とキヨミは乱雑に捨てられたように並べられた商品の列を見て、独り言ちた。
 ギュウギュウに押し込めたガラクタの中にひっそりとあったトタン小屋の中にあったキヨミは、骨と皮だけになった皺だらけの手に銭を渡してから、ボウガンからもらい受けたメモを見ていた。
(辛子酢味噌、亀苓膏、崩砂……なんだ、こりゃ! わけがわからん)
 キヨミは手渡されたメモに書かれたことにゲッソリとしながら、店主が「いつもの」のものを出すことを待った。
 数分後。キヨミが欠伸をする頃に、ようやく店主が現れた。
 キヨミは乱雑に袋詰めにされたことにげんなりとした顔をしながらも、それを丁寧に受け取った。
 そして、店を出て上層へと向かった。



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