紅玉の凍ったお手玉


 キヨミが取りこぼした侍の数を切り伏せたあと、キュウゾウは一息ついていた。
 群がる侍を切り伏せることに夢中になっていたキュウゾウは、キヨミが敵の本丸へ駆け寄っていたことに気づいていなかった。
 だが、キュウゾウの胸は、満足感でいっぱいだった。
(斬った数なら、俺の方が勝る)
 さりげなくキヨミが斬った侍の数を覚えていたキュウゾウは、空を見上げながら小さく鼻を鳴らした。
 上空では、戦火の残り火を煽るように、煙があちこちに立っていた。
「はーあ。もう、まったくだめ! どこを探しても、だめ! 試し切りしても、まったくいいのがなかった!」
 後ろから聞こえる声に、キュウゾウは刀を手にしたまま振り返る。
 敵の本丸の中から憤りながら出てきたキヨミは、武骨な刀を振り回しながらキュウゾウに近づいた。
「商人の好みに近づいた刀はあったけど……気持ち悪っ! 売れば高くつくだろうけど……機械の侍になっても、忘れるなっつの! あ、そうだ。キュウゾウ。なにか連絡、きた?」
 キヨミの問いに、キュウゾウは首を振って答える。
「そっか」とキヨミは呟いたあと、大きく凹んだ手すりに座った。
「ここで待たなきゃなぁ。信じてくれないし」
 キュウゾウは小さく頷く。
 武士の家に重んじる名誉は、キュウゾウにとってどうでもよいことであったが、実力を過少に評価されることは我慢ならなかった。
「ひどいよね、あそこの人たちは。いったい誰のおかげでここまでの実績を上げてんのかと……あ、きた」
 子どもっぽい愚痴を吐きながら、キヨミは顎を乗せた手を下ろす。
 顔を上げたキヨミに釣られて、キュウゾウも近づく戦艦を見る。
 キヨミとキュウゾウが属する部隊が乗る二の丸が、近づいていた。
 キュウゾウとキヨミは顔を合わせたあと、上官を迎える準備を始めた。
 キュウゾウとキヨミは、自分たちの二の丸が近づくにつれて、スッと背筋を伸ばし始めた。
「二等兵、キュウゾウと喜瀬! 今回もまた、勝手に敵の本丸を落としたか!」
「はい!」
 敬礼をしたキヨミが大声でハッキリと答えたことに対し、キュウゾウは眠そうな目で目をそらしながら、形だけの敬礼をとる。
「貴様らは何度言っても上官の指示を守ろうとする気概が全く見受けられん! まったく、敵の本丸を落としているからいいものを。これが味方の作戦に関わっていたらどうする。我々の部隊に大きく損害が被ることになるのだぞ! まぁ、敵の本丸が落ちているからよいものの……」
「し、はい!」
 言い返そうとした口を慌てて閉じて、キヨミは今以上に背筋を伸ばして、上官に返事を見る。
 それを、キュウゾウはとても眠そうな目で、とても嫌そうに見た。
「まったく……まぁ、いい。それと! 喜瀬二等兵!」
「はい!」
 キヨミは空に響き渡るような声で、はっきりという。
 上官はキヨミの腰にさされた刀を見たまま、説教を続ける。
「そのようだと、また敵の刀を奪ったようだな! まったく、侍としてなんの考えもないのか! まったく、情けない! まぁ、いい! そんなことよりだな! お前がそれを手にしているということには、この本丸に、それ以上のものがあるということだよな? オホン!」
「……あぁ、はい、そうでありますで」
 上官の言葉にげんなりとしたキヨミが嫌そうに返したことに構わず、上官はいきなり鼻歌を歌いながら部隊に指示を出した。
 キュウゾウはそれを、他人事のようにそれを見る。
「キュウゾウと喜瀬二等兵は、そこで敵の残党が来ないように見張るように! 我々は、本丸に敵が残っていないか見回りを始める! しっかりと任務を行うのだぞ! それと、このことはくれぐれも本隊に秘密にするように! オホン、オホンオホン!」
 嫌そうに見てくるキヨミと無関心に見るキュウゾウの視線を受けながら、上官は数人の部下を引き連れて、敵の本丸の中に入った。
 キヨミが残党を確認し終えた本丸の中へ、上官たちが消えたことを見たあと、キヨミは吐き捨てるように言った。
「ほんっとう、馬鹿らしい。それだったら、新しい刀をくれってんだ」
 唇を尖らせたキヨミを他所に、キュウゾウは斬艦刀でできた椅子に腰かけながら、ぼんやりとくすんだ空を見る。
「かんっぺきにあれ、物取りのことしか考えてないよ、あれ。あーあ、本当、まったく。なんで……」
 腰を下ろしたキュウゾウにつられて、キヨミも敵の斬艦刀でできた椅子に腰かける。
 大きくへこんだ手すりの残骸に腰をかけながら、キヨミとキュウゾウはくすんだ空を眺めた。
「いつも、配属する部隊は、こんなのばっかなんだろうね……人のことを、考えない。自分のこと、ばっか」
 目を伏せて呟いたキヨミの言葉に、キュウゾウは紅玉の目を不遜そうに動かす。
 キヨミは小さく背中を丸めたまま、呟いた。
「侍なら、次の敵のことを考えるんじゃないのか」
 キュウゾウは唇を小さく動かす。
「次の、切り伏せる敵を。切り伏せる、敵を」
「確かに、道理」
「……最近、裏切りものの名も多いと聞くし。……知ってる? キュウゾウ。最近、欲に目がくらんで裏切る侍の数が多いこと」
 キヨミに釣られて本丸の方を見たキュウゾウは、小さく頷く。
 キヨミは鞘に納めた刀を腕に抱えたまま、小さく呟いた。
「つまり……こういう、ことなのかな。『裏切りものを斬った数の分だけ、新しい刀をやるぞ』と、いう意味」
「……そうであるのならば、そのために侍を斬るのか?」
「……『侍を』、かぁ」
 キヨミはキュウゾウの言葉に小さく息を吐いたあと、くすんだ空を見上げながら言った。
「『刃向う敵を』、かな。そう言ったら、風上にも置けない雑魚にまで、『侍』と言っちゃうことになるから」
「なるほど」
「そういうキュウゾウこそ、どうなの? 侍を斬るの?」
「……俺は」
 キヨミの問いにキュウゾウは鞘に納めた自身の刀をジッと見たあと、小さく鍔を鳴らして言った。
「『空』で、生き続ける」
 茶色にくすんだ空と雲の間で言ったキュウゾウに、キヨミは目を小さく伏せる。
 茶色にくすんだ空と雲の空気で肺を満たしたあと、キヨミは絞り出すように言った。
「そっ、か」
「あぁ」
「……侍の時代は、」
 茶色にくすんだ空と雲を真摯に見つめ続けるキュウゾウの眼差しを見ながら、絞り出すようにキヨミは言う。だが、その口を閉ざして別のことを言う。
「うぅん、なんでもない。『空』、かぁ……まぁ、そうだよね、うん。その通りだ。これは、『空』でしか味わえないことだもの」
「あぁ」
 キヨミは震動を起こす刀を胸に抱えたまま、くすんだ空を見て言った。
「二度と、『空』以外では味わえないことだもの」
(……あぁ)
 キュウゾウは、静かに首を縦に振った。
 キヨミは小さく、俯いた。

 侍の時代がもうそこに終わることが来ていることを知らせるように、金の装飾がされた戦利品を手にして、キヨミの上官たちが戻る。
 欲にくらんだ侍の姿を見て、キヨミは小さく腰を引いた。キュウゾウはあからさまに、嫌悪の目を向けた。
 キヨミとキュウゾウの同僚であり上官の部下である幾人かの侍は、それぞれ複雑な心境を抱きながら――それでも銭が増えることに喜んでしまいながら――そこに立っていた。
 キヨミは小さく肩を竦めて、上官のあとに続いて二の丸の中に入った。
 キュウゾウもまた、キヨミのあとに続いて二の丸に入ろうとしたが、先に足を止めた。
「…………」
 不愉快そうな紅玉の突き刺す視線を受けた侍たちは、心臓が凍ったかのように身を震わせた。



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