光の言葉で伝えてね


三度めの申し出だ。私は打たれるかもしれない、と覚悟してアクタベさんに申し立てた。しかし、アクタベさんはそっぽを向いたまま、ポツリ、と漏らしただけだった。
一度目は、持ってきた資料で頭を叩かれて断られ。二度目は、蔑視と共に冷たく視線で断られ。
三度目は、流石に無いだろうと仄かな希望の光を抱いてアクタベさんに問い質した。アクタベさんはとても嫌そうな顔をして話を聞いてたけど、襟首から手を離すと雰囲気は変わった。邪見そうな雰囲気からどうでも良さそうな顔に変わった。私は襟に指を掛けて襟首を正すアクタベさんを横にしながら話を続けた。もし出来たらこう言う事をするのに、出来るのに。と夢見事を涙ながら零したら、アクタベさんはそっぽを向いた。ぷい、と相手にしたくないかのように顔を逸らした。どうでも良いからさっさと私の話を聞けよ!と私は涙ながら叫んで、救いようもない、叶わない夢見事を漏らしていた。ぽつりぽつり、もう一生叶う事のない夢見事なのだ、と一言一言発する度に現実味を帯びて来て、突き付けられて、涙が垂れた。ぽつりぽつり、と水滴が落ちたのを見て、慌てて目を擦った。
袖を掴まれたアクタベさんが、そっぽを向いたまま放った言葉が耳に入って熱を持った。耳に入った途端、脳裏にジン、と鼻の奥までも来て、思考が一時止まった。え、嘘、本当?マジなの、自分の空耳を疑って掛かったら、アクタベさんにパシン、と頭を叩かれた。どうやら、顔を真っ赤にして不機嫌そうな顔をしている所を見る度に、真実そうだ、と感じる。耳に入った空耳が現実味を帯びて行く。
アクタベさんの袖を持ちながら、顔を上げてアクタベさんを見る。そっぽを向いたのは相変わらずだったけど、耳の所が微かに赤かった。けれども、やっぱりこれも世迷い言なんだろうか、と思いながらぽつりぽつりと落ちる涙を拭ってたら、「阿呆」と懸念を吹き飛ばすようにアクタベさんが吐いた。私は思わず、顔を挙げて次の言葉を放っていた。

「女の涙に煽いでちゃ、やってけないよ!」

眉間を顰めて急激に苛立って嫌そうで不機嫌な顔になったアクタベさんに叩かれた。
どうやら、心配事は余計な懸念だったのらしい。私は叩かれた所を擦りながら、次に来るべくイベントに、頬を緩ませた。それを見たアクタベさんが「阿呆」とただ一言漏らした。もう既に耳の赤さは引いてるだろうけど、私にとっては嬉しい事なのだ、とそう漏らしたら、アクタベさんの耳にまた戻った。
その日が漸くやって来た。私はやっと前から用意して来た荷物が役に立つ時が来たのだ!と喜んでキャリーをコロコロと転がした。二人分の契約した悪魔分のグリモアは、余計な事が無いようにと厳重に封をした。
封をして印を結んで術式を唱える私を見て、アクタベさんは暇そうにしていた。
私はキャリーを引いて行こうとしたが、パタリ、とアクタベさんの姿を見て声を挙げた。

「違う!」
「あ?」
「違う!違うって!全然違う!何でそんなの着てんの?!」
「あ?ふざけんな。遠出に出掛ける時には着慣れた物を着」
「ふざけないで!良いからとっとと着替えてよ!」
「手前ぇ、人の話を聞け」

最後を聞かずにグイグイとアクタベさんを自室に追いやる。アクタベさんの、にだけど。背中も押して腕も引いて手首を掴んで、漸く引っ張ってアクタベさんを部屋に連れて来た。何て事なのだろう!スーツしか着ないこの人は、私が折角買って来てあげた服を着てやいなかった!私は涙目でアクタベさんを睨んだ。「ケッ」とアクタベさんが嫌そうに毒気を吐いた。

「手前が勝手に選んだ物を、誰が好き好んで着るか。」
「何だって!何時も買い物に付き合わない癖にッ!」
「着せ替え人形にされると言うのに、誰が行くか。時間の無駄だ。」
「無駄じゃない!全然ッ!」
「は、何処がそうと言える。」
「アクタベさんの好み、全然知らないもん!服ッ!それだったら、適当に好みチョイスして選んで来るのに!」

封も開けられて無い服を手に握ったまま叫ぶ。何か前にも言ったような事がある台詞を吐きながら、ジ、とアクタベさんの様子を見た。アクタベさんはそっぽを向いたまま、早く話が終わる事を待っていた。そもそも!スーツばっかり着てるし、だらしなく着てるから、その恐顔と凶相と態度のふてぶてしさを中和する為に服を選んでるんじゃないか…!ブツブツと不満と共に泣き言を漏らしながら、封の開けられて無い服の数を数える。うぅ…出掛け早々に泣きそうになってると、アクタベさんが徐に腕を伸ばして来た。

「出てけ。犯すぞ。」

この人は、言葉選びが本当乱暴だな、と思った。
アクタベさんの言う通りに廊下に出て、アクタベさんが着替え終えるのを待つ。扉越しに着替える布音が聞こえて、ちょっとやらしい気分になった。しかし、背徳感も拭って、ブンブンと頭を振った。どんな服装をして出て来るんだろう、と期待にわくわくと胸を膨らませながら待つと、ガチャリ、と音がした。座ってたから、角が当たって痛かった。

「満足か。行くぞ。」
「…」

アクタベさんの服装がちょっと変わってた上にちょっとデザインが気に喰わなかった為、強制的に部屋に押し入って着替えさせた。怒気を撒き散らすアクタベさんを無視して、淡々と服飾の大事さを伝える。手前ぇの服装だとその服飾に込められたデザインが何もかも台無しになってんだよ、阿呆。と毒気がギリギリの所まで出るのを耐えた。
男が女に好き勝手使われるのは、何か気に喰わない。と言う気があるのかもしれない。しかし、それで不機嫌なのは明らかなので、強制だ。強制的に撤去する!私は決め言葉を吐いて、アクタベさんの服を脱がした。
出掛け早々に、喧嘩勃発しそうになった。殴り合いの、である。しかし、互いの拳と蹴りを避けて話し合いを行った結果、シックな彩で行かせろ!と言う案が通った。スーツを基準として選ぶアクタベさんは納得が行ったのらしい。それなら良い、と言った。私はホッ、と息を吐いた。しかし、ボトムスの出番が無くなった事は、とても痛ましい事だった。
アクタベさんがしてくれた服を荷物の中に詰め込む。ケッ、と毒気を吐いたアクタベさんはベッドの腰に座って脚を組んでいた。片足の首を腿の上に置いて、その上に肘を衝いて頬杖を衝いてるアクタベさんを余所に、意気揚々と私は服を詰め込んだ。圧縮袋があればこの上無い事なんだけど、今は無いから致し方無い。アクタベさんに単語の間違いを突っ込まれた。

「あ、そう言えば…大丈夫なの?」
「あ。」

時間を見て、思い出してそう言ったら、アクタベさんは呆気に取られたように口を開けた。目も軽く開けた。目を何時もより大きく開けたのを見て、可愛いなぁ。と私はまた惚けた考えに取り憑かれた。
アクタベさんと向かって、交通の便を取り変える。予約したチケットを取り変えて、変更した分の代金払って、私はぼんやりと、上に表示される電光掲示板の文字を眺めた。

「ほら。」
「え。」
「福引券。貰った。」

何でだよ、と私は駅口の前で突っ込みそうになった。みどりの窓口では、もう既に変えたチケットが空いた口から現れていた。
ガタンゴトン、と電車の中に入る。荷物を上へ置いた方が良いだろうかと考えたが、背丈が足りない為に止めた。ついでに、大事そうな物もあるのだ。あ、訂正。大事な物があるのだ。そう易々と手放してはなるまい。
私は荷物を横に置いた。何時でも手に付けるように、大きい荷物を足元に置いた。キャリーケースのゴロゴロを止めるように、足で挟んで、持ち手を握った。
アクタベさんは私の間向かいに座って、アタッシュケースを自分と壁の間に挟んだ。
私はキャリーケースの持ち手に腕を回して、持ち手に頬を衝いてアクタベさんのアタッシュケースを眺めた。しまった、これでは隣に座れないではないか!しかし、座った事を考えると、互いの荷物の距離が離れる。私は泣きながら諦めた。心の中で泣きながら、アクタベさんに話を吹っ掛けた。

「鞄、買ったら良いのに。見ようか?」
「良い。一つあれば充分だろ。」

アクタベさんはカジュアルな格好をしたまま、そう放った。私は、腕を組んで窓の向こうを見ているアクタベさんを見ながら、アタッシュケースに目を移した。似合わないのに。シックな感じに整えているとは言え、本来ビジネスシーンに似合うであろう銀色のアタッシュケースは、余りにも普段着であるこの日常には合わなかった。
私は黙々と別のことを考えていると、足に何か当たった。私は気になって足の所を見ようとすると、キャリーケースに振動が来た。え、何、何。私は慌ててアクタベさんを見た。アクタベさんは窓の向こうを眺めているだけだった。私は不思議に思ったが、気にせず、アクタベさんのアタッシュケースに戻そうとした。またも、キャリーケースに振動が来た。一体何なんだ、キャリーケースを覗き込もうとしたら、足に痛みが来たと言う。
私は弁慶の泣き所を押さえながら、アクタベさんを見る。脛に視線を移した時、腕を組まれたアクタベさんの手が見えたのだ。私は、私と同じように、私の足も挟んでキャリーケースを挟むアクタベさんの足から、鎖骨へと視線を移した。鎖骨の間に視線を留めれば、不思議と全体の形相が見られる。私はアクタベさんの顔を見た。
ズボンのポケットに両手を突っ込んで、私の脚ごとキャリーケースを挟むアクタベさんは、そっぽを向いて窓の向こうを眺めていた。

「…何?何か言いたいの?」
「別に。」

アクタベさんは素っ気なく返した。ちきしょう、また私から話を振って引き出さなきゃいけないのか。素っ気なく返されたので、素っ気なく元の場所に視線を戻そうとしたら、さっきの比にはならない位に来た痛みに、泣きそうになりながら口を開いた。このままじゃ癪なので、別の観点から責めてみた。

「アクタベさん。着いたら、一杯甘えるので覚悟しといて下さいね。」
「ぶっ?!」

絶対何時もなら放たれない言葉を聞いたアクタベさんが驚いて、咽た。
俯いて咽る喉に苦戦しているアクタベさんの様子を見ながら、あぁそう言えば、と思い出す。今、日常から離れた小旅行をしているのだった。私はキャリーケースに凭れ掛って、電車の天井を見ながらそう思った。何時もは慌しく、グリモアを持つだけで色々と厄介事が集まって来たように思える。しかし、契約した連中が言うには「アンタが色々と厄介事を持ってくるからだと」言う。うだうだと説教されることは慣れてない。それに嫌いだ。私は不愉快な事を思い出して、通路を見る。
咽に苦しんでいたアクタベさんが、手の甲で口を押さえたまま、身体を起こした。俯いたアクタベさんが起こしたのを見て、私は通路からアクタベさんに視線を戻した。アクタベさんは息を一つ、吐いた。
何時も罵声が吐かれる一手が何時まで経っても来ない。アクタベさんは何時もより顔に血の気を多くして、ジ、と足元を見ながら黙っていた。耳まで赤くしてるアクタベさんを見て、思わずこっちも顔が赤くなる。あれ、可笑しいな。私はそこまで初じゃなかったのに。

「初心だろが。」

アクタベさんにそう突っ込まれた。顔真っ赤の癖に、と言い返したら「お前もだ」と返された。私は思わず黙った。何も言えなくなって、この間がとても居心地が、いや、えーっと、間、間が…私は詰まる喉をどうにかして、この空気を壊すことにした。

「き、気まずいだ!」

放った言葉は、何時もならば「阿呆」と一蹴される筈なのに、アクタベさんは更に顔を赤くして斜めに視線を落とすだけだった。あ、あれ?と私は上手く喋れなくなった。どうにかして、ぎこちなさと呼べるこの空気を壊しに掛かったが、アクタベさんは顔を真っ赤にして視線を落とすだけだった。あ、あれ、あれ?私は呂律が回らなくなった。空気ブレイカ―とも呼べるこの身、ならばこの空気も壊すことも容易いのではないか、と思われたが、この空気を一段落高い物にしたい、と言う思いがとても高く積み上がっていた。そのジェンガを崩す事が出来ない。あたふたとしながら話を続けようとしたが、一向に口を開いてくれない為話が続かない。う、うう…!あたふたとしながら下を向いて、呻いた。すると、上から呆れたように溜息が一つ降った。
「阿呆」と言う声が聞こえて上を向くと、そっぽを向いたアクタベさんが窓の向こうを眺めていた。あの真っ赤が耳にまだ残ってるのを見て、あれは夢でなかったのか、と思う。私は慌てて窓の外に向けて、話を続けた。「あぁ、そう」とズボンに手を突っ込んだまま、相変わらずそう言うのであった。顔を真っ赤にしたまま話を続けるが、果たして他愛のない話になっているのであろうか。私は窓からアクタベさんの首へと目を移したが、相変わらず顔を真っ赤にして視線を外へ向けているアクタベさんがいた。カッと更に血が昇って頭が働かなくなる。分からない事を言って必死に話を繋げようとする所は分かるが、自分でも何言ってるかさっぱり分からん。回らない頭で話を続けたら「あぁ、そう」とまたアクタベさんは言うだけだった。どうしようも無くて、俯く。どうやって話を繋いだら良いんだろう、自分の不甲斐無さと共に、劣等感が戻って来て泣きそうになる。それを殴って拭って、どうにか押し留める。目尻に出かかったそれを戻して、外へ視線を戻した。アクタベさんは視線を何処か移していた。

「あ、山間はやっぱいいものだね!緑が一杯とか、」

スッ、と緑を後目に黒が入った。太陽に当たり煌めく緑は左から消え、黒と橙色の灯りに照らされた色が映る。折角の山間が消えた事に言えずにいると、アクタベさんがグッと手を握った。窓を指差して触れた指ごと手で包んだ。何も言えず、窓を向いたまま固まる。反射した窓に、室内の様子が映し出される。馬鹿みたいに笑ったまま固まる自分と、俯いたまま私の手を包むように握るアクタベさんが映し出されていた。
ガタンゴトン、と黒の中に入ったまま電車が揺れる。これ、一体、他に客がいたらどうなっていたんだろうか。と私は当たり前な事を思い出して、カーッと血が昇った。頭がぐわんぐわんと回ると同時に目が回る。思わず身体を支えようとしたら、落ちなかった。支えられたのだろうか、と見たら、アクタベさんの腕が見えた。しどろもどろに打って、尋ねる。アクタベさんは何も言わず仕舞いだ。無言だ。止めてくれ!一体どうしろと!血の巡りが早くなって余計に物事が何も分からなくなる。アクタベさんはどうせ俯いていて今見ても視界が真っ暗だし顔を俯いてるお陰で目元も何もかもくっきりと見えやしないし黒で染まるばかりだし、何も分かった事なんてありやしない!
打破出来ない状況に手も出せないでいると、アナウンスの音が聞こえた。ピンポン、と軽快な音と共にゴロゴロと買い物が出来る人が来る事を知らせる。バッと慌ててアクタベさんを離した。アクタベさんは私を抱き寄せたまま、自分の席に座った。シャー、と扉の開く音が聞こえる。スチュワーデスさんだろうか、スチュワーデスさんが、買い物出来ますよー、と言う事を告げる。この先何があるのかも分からない。私はしどろもどろになりながら、スチュワーデスさんに欲しい物を告げる。「はい?」とスチュワーデスさんが笑顔で尋ねるものだから、余計に分からなくなった。

「…はぁ。」

溜息が聞こえて、アクタベさんがしどろもどろに答えた私の言葉を反復する。あ、あれ?今、それ、を言った…?ハテナが浮かぶ私を余所に、スチュワーデスさんは「はい。」「かしこまりました」と笑顔で言って、注文した品を数えて出して、アクタベさんもお財布を自分から出して払った…え、え?え。え?私は訳が分からなくて、去るスチュワーデスさんと、アクタベさんに渡された商品と商品とを見比べた。後ろで「ブフォッ!」と噴き出したような音が聞こえたのは気の所為だろうか。
アクタベさんはズボンのポッケに両手を入れたまま、相変わらず突っ込んでいる。目の前で訳の分からない事が起きてばかりで、一体この先どうなる事やら、と自分に不安を抱いた。
懸念を抱くが、これが全て電工の光で出来ていれば良い物を。それをなぞって頭を整理して状況を判断できるものの。けれども、肉声で耳に入り、体感で触れる空気に、私は何も言えず、未知の体験を抱くだけだった。



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提出先:サンタモニカで待ってるね



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