窓辺のしあわせ


雨が、ざあざあと降っていた。
今日も芥辺探偵事務所は相変わらずで、さくまさんは学校に行ってた。遅く起きた日には、大抵、もう昼が過ぎていた。
私はボリボリ、と窓の縁に腕を掛けて窓の外を眺めていた。
芥辺探偵事務所のブラインドで窓は閉められていて、私はそのブラインドとブラインドの間に指を入れて、隙間を大きくした。「偵」と言う字が上に見えた。テープか何かで貼ってるのだろうか、と思いながら私は窓の外を眺めた。もしかして、窓自体が看板の役割となってるのだろうか。可愛いなぁ。と、私はアクタベさんがぺたぺたとテープを切っては貼っている様子を思い浮かべて、そう思った。その当の本人は、今日も呑気に本を読んでる訳だけど。
私は後ろで、社長椅子に座って脚を組んで座ってるアクタベさんの様子を背後から見ながらも、ボリボリ、と更に一つ食べた。

「アクタベさん、雨降ってますよ。」
「…」
「・・・」

きっと、多分、本を読みたい、と言う事なんだろう。そう思いながら、私は読書に集中したいアクタベさんの気持ちを優先して、窓の外に戻った。かりんとうを食べながら窓の外を眺める。あぁ、そう言えば。昔悲惨な現場を見て記憶失くした人がいたなぁ。と過去を思い出しながらそう思った。
後ろでアクタベさんがペラリペラリと頁を捲る音が聞こえる。

「・・・アクタベさん。今日も雨ですよ。」
「…」
「お客さん、来るんですかね。」
「さぁな。知るか。」

とアクタベさんは吐き捨てた。多分、前者の言葉が甘さか優しさで、後者が本音だろう。私はそう分析した。
窓の縁に腕を掛けて、肘の内側に手を添えたまま、ボリボリ、と芋かりんとうを更に一本食べた。

「事務仕事は山ほどあるぞ。」
「お断りします。さくまさんの仕事、取る訳にはいけませんので。」
「……お前が事務職で、さくまさんが外で働けば、どんなに良い事だろうな。」
「けれども、さくまさん自身のヘマや失敗が終わらない限り、それは無いよ。多分絶対結構凄い確率のパーセントタイルで。」
「…」

アクタベさんは無言で本を閉じた。途中から「パタン」と言う音は聞こえてたが。段々と、雰囲気が普通の感じから不機嫌なその物へと変わる事に気付いていた。普通と言うのは当社比だが。と思いながら、私は更にバリバリと芋かりんとうを一本食べた。
アクタベさんがどんなに私を事務所内部や家に置いておきたいと言っても、さくまさんが他の悪魔使って上手に依頼を解決する暁になるまでにはどうにもならないだろ。
けれども、さくまさんが他の悪魔を使って上手に依頼を解決しない暁が延々と続く事を切に願ってる。私は少し泣きそうになった。それは私だけの勝手なお願いで、アクタベさんはそれと全く逆の事を望んでいる。「けどさ、アクタベさん。」と私は話を続けた。

「悪魔使いになっても、きっと碌な事は無いよ。」
「お前と違って彼女は大丈夫さ。」
「…何その自信。」
「別に。」

とアクタベさんは鼻で嗤った。ほんの少し、さくまさんに嫉妬を覚えた。私は目から涙が漏れそうになりながらも、頬を膨らませて怒りと嫉妬の矛先を押さえた。アクタベさんには、バンバン敵意も怒りも嫉妬の矛先も向けているが。「ハッ」とアクタベさんは更に一笑するだけだった。確かに、さくまさんも期待向けられてるしさぁ。と言うかさくまさんの方がよっぽど凄く素質あるとか何とかだしさぁ…。それは仕方ない事だけれど悪魔使う点では私が凄いと言うか何と言うか…

「・・・グスン。けれども、私の方が凄いんだぞ・・・。」
「はいはい。お前の妄言に付き合うつもりはサラサラと無いがな。」
「グスン。聞いてよ、馬鹿。」

と私は愚痴と罵声を吐いた。アクタベさんの本音にはサラサラと「流す」と言う事が書かれてたけど、言葉に出たのは多分甘えや優しさなんだろう、と思った。アクタベさんはまた後ろで本を開いた。確かに、私は最初は足を引っ張った時もあったけどさぁ・・・。と私はグスン、と更に泣き事を一つ零した。

「・・・他の悪魔も、ちゃんと使って使役出来るよ?」
「フン。それなら、ちゃんと俺の元にある時にやって欲しいな。」

とアクタベさんが片手を翻してそう言ったけど、私はウッと呻く事が出来なかった。
三角座りを包んだ腕に口を埋めた。

「・・・いや?!あったよ?!ちゃんとッ!確か、あの時に…!」
「…」

アクタベさんは私の事情を逐一聞いた後に、とは言っても何時ものように読んでる本に視線を落としたままだけど、「チッ」と不機嫌そうに舌打ちを打ってついでに頬に青筋を立てながら、乱暴にデスクの棚を開けた。
そしてそこから、過去に受けた依頼の詳細を纏めたファイルを取り出して、その事実を確認した。

「…あぁ、そうだな。しかし、お前が俺の元でやったのは少ないぞ。」
「何を!アクタベさんの結界には何も手を付けて無いよおだ!」
「ああ、そうだろうな。馬鹿女。手前ぇのそこがムカつくんだよ。」
「大きなお世話!反乱反論を起こそうとしても、反論の所はちゃんと聞くし、アクタベさんと違ってそんなに労働環境悪くないよおだッ!」
「ハッ。王者ぶる奴が何を言っているか。」
「小さな王様と言って。」
「馬鹿女が。」

とアクタベさんは私の目を見て一蹴した。罵倒の言葉を吐いた。
けれども、私は三角座りの膝に肘を衝いて頬杖をした儘の状態で、軽く微笑みを口元に浮かべただけだった。

「王様は、部下や国民の生活を守るのです!」
「それをほんの時偶に、壊そうとする奴がよく言うよ。」
「…ところで、「壊す」と「懐す」って、似て無い?」
「その読み方と使い方がよく分からんが、部首以外が同じだから似てるのは当たり前だろ。」
「あ、そっか。」
「そうだ。」
「しかも…「壊す」が土を喪すると言う事で「壊す」だし、「懐」が人情に喪す、と言う事だから…何か奥が深いねぇ・・・。後、土と言うと煉瓦を思い出す!ほら、ほら!日干し煉瓦!」
「知るか。」

とアクタベさんは心底どうでも良さそうな顔をして、ついでにギリリと噛んだ歯を見せた。何かキスしたくなって来ちゃった。アクタベさんの膝の上に乗ろうとしたら、アクタベさんにグイグイと肩を押された。

「いや、ちょっと…シたくなっちゃって。」
「この発情女がッ!」
「酷い!自分の欲望に忠実なまでだよ?!」
「俺はその気じゃねえんだよッ!」
「え・・・違うよ?キスしたいだけだよ?」
「…」

アクタベさんは無言になった。
少し頬を染めたアクタベさんの頬と耳の様子を見ながら、私はアクタベさんに近付いて、口を付けた。相変わらずの目だったけど、何処か固まってるように思える。
アクタベさんの額から口を放した後でも、アクタベさんは相変わらず視界を前に定めたままだったし、顎も身体も、私の動作や反応に合わせて動こうともしない。と言うか、反応を見せてない。
アクタベさんの様子を見た後、私は軽く、アクタベさんの前に手をヒラヒラと振ってみた。上下に手の甲が揺れる。それを暫くしたらアクタベさんにガシリ、と手首を掴まれた。

「阿呆女。」
「それだと褒め言葉だよ?」

と無頼漢で朴念仁のアクタベさんが頬を染めてる様子を見ながら、そう返した。ついでに口も悪い、とアクタベさんの性格に一言そう付け加えて考えた。
そう言や言葉で言った事が無いなぁ。けれども言葉より動作で示した方が早いんだよなぁ、と思いながら、私は顔を赤く染めるアクタベさんの様子を見た。そもそも、アクタベさんの方が凄く言葉で示してくれる事も少ないし。実直に、素直に、且簡潔に。いや、キラキラー・・・と、べーやんのように王子様スタイルやスマイ…やべ、殴りたくなって来た。私は軽くシャドウボクシングをした。
顔を赤くしたアクタベさんは、呆れて溜息を吐いたようだった。
横から、呆れたように息を吐いたアクタベさんの動作が聞こえた。

「阿呆。」
「えー。」
「やっぱ、お前は阿呆以外の何物でも無ぇよ。」
「何を、ひどいッ!私だって、やる時はやれるんだからね?!」
「阿呆。だから阿呆だと言うんだ。阿呆。」

と三度ならず四度までも言った。いや、累計すると五回以上言ってるのかも…。と言うか、そんなにばかばか言うから、それに甘えてやってるだけだもん!と心の中で吐きながらアクタベさんを横目で睨んだ。

「んな睨んでも怖くも無ぇよ。」
「うっさい!これでも本当に睨めば怖いんだぞ?!ちゃんと悪魔も射殺せる!」
「阿呆か。目付きじゃねぇ。心構えだ。」
「何それ!アクタベさんこそ!眼光でか弱い子犬を殺せそうな程なのに!」
「ハッ。何時、俺がそんな事をしたと。」
「アザゼルさん達が怒ったアクタベさんを見て、顔真っ蒼にして泣き出しそうになりながら震えて、その挙句逃げた。」
「…そんな物と子犬と一緒にすんじゃねぇ。」

とアクタベさんはそう吐き捨てた。もしかしたら、アクタベさんも犬好きなのだろうか。良いよね、犬。主に忠実な所も良いし。だけれど、アクタベさんの場合はただ単に、小動物だとか動物だとか、生命あるものだから、と言った点のように思える。
小動物とか動物とか関係無くて、ただ単に、生命があるか無いかの違い。だけど、悪魔は地上に住む者とは全然違うから除く。…あ、動物って者なのかな?物じゃないのかな。と思いながら、私は間違いに気付く。

「そうだ。アクタベさん。」
「あ?何だ。」
「ポッキーゲームをしよう。」
「かりんとうでか。」

阿呆らし。と言うようにアクタベさんは吐き捨てた。ムググ…今回は失敗であったか。と思いながら、私は口に咥えた芋かりんとうをバリバリと食べた。

「全く、お前は…」
「・・・?」
「・・・何でも無い。」

はぁ、と溜息を一つ吐いてアクタベさんはそう言った。吐き捨てて、私に空いたカップを渡した。さっさと淹れて来い、と言う事なんだろう。
アクタベさんのカップから漂う珈琲の匂いを嗅ぎながらそう思う。豆をまた挽くだけの作業に戻る訳だけど…。芋かりんとうを食べたのだから、お茶を飲みたい。今はお抹茶とかお茶を飲みたい。
とそう思って、アクタベさんの口に芋かりんとうの味を突っ込んだ。ガリ、とアクタベさんが軽く噛んだ。歯を突き立てた。

「阿呆。何が言いたい。」
「お茶、飲みませんか。」
「ならば、何故こんな事をわざわざ・・・」
「ただしたかっただけですよ。」

アクタベさんに軽く頭を叩かれた。けれども微かに、手の力まで赤みが勝っていたように思える。窓の外では相変わらず、雨がざあざああと降っていた。

「止む頃には、帰ってくると良いね。」
「まだ帰って来なくてもいいが。」

と言って、アクタベさんが私の頬に掌を添えた。



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花吐き
別に名前変換なんて無かったんや。



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