日本庭園


可笑しな話かも知れませんが、ふと聞いて下さい。いや、そのままで結構ですよ。私、そう言った姿、好きですから。だけど貴方に関する物以外ではね、と言葉を紡ぐ。こうやってお茶を飲む姿も、一緒にお茶を飲めて同じ空間、同じ時間を過ごせるだけで、とてもとても宝物なんですよ?それに、それが一番の私に対するご褒美でもあり、褒美なんです。と口元に軽い笑みを浮かべてそう言う。ただそれを見ている。また話を続ける。そうは言っても、やはり貴方が貴方らしいのが一番であって、貴方以外の誰かが貴方らしい、何処か貴方に通じる物を見付けてしまうと、グシャグシャに壊してしまったりとか潰してしまったりとか、殴りたくなるの、とクスクスと笑いながらそう言う。暴力的な愛だ、しかしそうは言っても、自分に言う立場は無いか、と思い、椀に入れられた茶を飲む。ななしは椀を両手で持ちながらその様子をクスクスと見る。

「ねぇ、アクタベさん。好きですよ。」

ななしは日本庭園の縁側に腰掛け、草履置き場と成る石の横に足をフラフラと遊ばせ、足の指に掛けた草履を浮かしては遊んでいる。

「私、貴方が貴方でそうしていらっしゃる所が、好きなんです。」

知っている、とアクタベは両手で椀を持ちつつ、肘を膝に掛けながらも、前身を前倒しにしながらもななしの様子を見て呟く。ななしは馬鹿である、しかしこれも一体何時どの位数えて言ったのかも、もう定かでは無い。両手では数えられない程、一杯言った。もしかしたら、何時も必ず一回は吐いているのかもしれない。ななしの様子を見ながら、アクタベはそう思う。

「ねぇ、アクタベさん。好き。」

とななしは抹茶の入った椀を横に置き、地に浮いた足を遊ばせながら、嬉しそうにそう言う。知っている、とアクタベは目だけでそう独りごちる。ななしが嬉しそうに、子どものように眼前に広がる庭園に目を逸らしつつも、足に掛けた草履を浮かしては踵に付かす遊びを繰り返すななしを見て、一体何を思ったのか、と思う。この、石と黴と木で作られた世界に置いて。彩色付けられた世界は白い壁と鉄黒い瓦によって外界とは遮断されており、此処だけが、別の空間のように思える。そして、運良く部屋を確保出来た場所にも、外界の煩わしさを遮断された空間と箇所と場が、確かに存在していた。

「…」

ななしが草履で足を浮いたり浮かせたり、曲げたり伸ばしたりを繰り返す遊びをし続けている所を、アクタベは黙って隣で見る。アクタベは石と黴と木と、そして背後に広がる畳と檜皮の色で彩られた机とが作る空間には、何の興味も微塵も示さなかった。しかし、一体何を思い、一体何を紡ぐのか。ただ、ななしの中にある何かに興味を示すだけだった。濃く点てられた茶には、誰も代替を求める者はいないし、誰も菓子の要求をする事は無い。ただ、目の前に広がった庭園の様子を眺めるだけだった。
この古びた店舗で、唯一残る昔の情景だけを焼き付けるこの景色に、一体ななしは何を思うのか。ただ、その感情だけを、思いだけを引き起こしたいだけの事しか無かった。目の前の光景や後ろに広がる畳と檜皮と潤が作る世界には興味は無い。ななしが一体何を思い、どう出るのか。それだけを壊す事が楽しみでもあり、ななしのしぶとい生命力がとてもその要になると思った。何度繰り返し壊しても、また再生する玩具。しかし、玩具とは言い難い、掛け離れた何かを持っていた。無言で隣に座り、横で足を浮かしては遊ぶななしの頭を掴み、自分の方へ引き寄せる。ただ、壊しては組み立てる、そして壊しては組み立てる、と言った子どもの、折角作った積み木のお城や家を自分で作ったのを壊すのが好きだった。けど、ななしはそれを自分で何度でも作り直せるから、容赦無く、手加減も無しに出来る事だった。

「・・・」

けど、玩具とは掛け離れた物でもあり、道具だと言えば道具だとそう言える。ただ、愛着のある、持つ道具と言うべきか玩具と言うべきか…。しかし、玩具だと言えば、自分の手に余る物のななしは玩具となり、自分の手に余らなくなる物にもなり思い通りにもなり、何の感情の持たない無機質な物になると思い、アクタベは何故か、それは違うと思う。今まで観察して来た所為か、ななしが仮面を被り、嘘を吐く姿は、何度も何度も見て来たし、見分け方も大体付いてきた。しかし、自分に嘘を吐いた時は一度も無い。ただ、自分に知られたくが無い為の情報を孕んだ時、ななしは震える声でそう嘘を吹いたが、それでも身体は正直な物で。根元と言うのは正直な物で。頭や理性が嘘を吐くと言う事を命令しても実行しようとしても、ななし本人の自身には嘘の吐けない程の大ぼら吹きでも無く嘘吐きでも無く。馬鹿だと言う程正直な物で何時かは罵倒して這い蹲らせたいと思う程で。寧ろ怒りや苛立ちを沸き起こさせる物でやはり殴ったりもする訳で。アクタベはななしの頭を自分の肩に引き寄せながら、そう思う。引き寄せて、頭を撫でながらそう思う。
やはりこの猫のように擦り寄ってくる姿が可愛らしいと思う訳で、他の事に対してはドライそのものであり、それ以上の関係には踏み込まないように踏み込めずようにと境界線を無理矢理引いて自制しているななしが面白くもあり笑みを深める物でもあり、同情や憐憫の情も超えて可愛らしくも思える物でありやはり罵詈と罵倒と憐憫と同情は沸き起こる物であり。どうしようも無さの、どうしようも無い人間のようであり。

「・・・」

やはり、そう言った汚い人間の部分を孕みつつも、こうやって生きている人間の姿の方が好きだと思う訳で、そう言ったななしの方が好きな訳で。アクタベはななしの頭を撫でながらななしの髪に自身の口を埋め、軽く口付ける。そう言って、自分の汚い所も穢れた所も孕んで、それを含みつつも白に、到底到着ける事も無理であろう白に到着しようと、踏み縛り、縺れ、それでも膝を衝いて腕を衝いて立ち上がろうとするななしの姿が好きな訳で。それで足払いを掛けて背中を押してその場に躓かせ、留まらさせ、そして問題に苦しみ枷を一つ払い、そしてそれを装着しつつも、また別の問題である枷の問題を解決させ、それを解除し、ななしの足首からポンッと鍵と共に口の放させる枷の様子を見るのが好きでもあり、そうやって笑って答えるななしも好きだからであり、同時にそうやって当分穢れや汚れを孕んだ限り近付く事の出来ない白へ近付こうとするななしが好きであり、そう言った姿を見るのが好きであり、心の底から見守ってやろうかとする気持ちも芽生える物であるが、やはり手元に残しておきたい。誰がそんな所へ活かすか向かわす気も筈も無ぇだろうが、馬鹿野郎。とななしの手を取り手首を掴み、無理矢理自分の肩からななしの頭を離す。
急に日本庭園の石と黴の関係性についてそしてそこから連想を思い起こさせ考えに自由に描いていたななしは、咄嗟の事と急の事で、いきなり連想の事から現実の事へは頭が考えが追い付かない。
手枷でも首でも何でも良い。足に枷を嵌める事も、足首に重石も何もかも付けて、ななしの進行をする邪魔だけをするのは、別にどうだって構わない。しかし、手枷足枷首となれば話は別だ。誰がそんな事させるか、誰がそんな事するか。アクタベはななしを床に押し倒しながら噛み付きながらそう思う。丁子茶の色のように干からびて、日光で薄められてきた元は柿茶の色であった床に押し倒されながらななしは突然豹変したアクタベの様子に、連想と考えの世界から離脱出来ずに、現実の方へ何とか手を伸ばそうと必死に手を伸ばす。しかしアクタベはそれを良しともせずにななしの手首を掴み、床に押し付ける。木の板がギシシ、と軋む。


「お前は俺の元にいればいい、」

白の元へ向かおうとせず。とアクタベはななしに噛みつきながら、そう吐き零した。痕を残した。果たしてこう言った事は、こう言った事でしても良いのだろうか、とアクタベの行為にななしはふと思う。けど、破壊と再生の身を考えた自身としては、こう言うのも、まぁ有りか、と思って溜息を吐いて、自身の目を腕で覆ってそう溜息を吐いた。アクタベの行為にでは無い、自身の行為にである。目の前には再生を繰り返そうとする枯山水があり、その場とその場さえも壊そうとする破壊行為をし続けようとするアクタベがいる。別に、まぁいっか、と思い、ななしはアクタベの噛み付きを受ける。しかし、それが自身の否定と取ったアクタベは、ななしに乱暴なキスをする。噛み付くような乱暴な物を受けながらも、まぁ、いっか。と思い、ななしは自分の腕を握るアクタベの腕を握りながら、自身の口に広がる鉄の味を受けた。そしてアクタベの舌が自身の舌を取った。
こう言うのって、こう言う時には何も言わず、受け取った方が伝わり易いんだよなぁ、とななしは呑気な事を考えながら、アクタベの行為に集中した。夢中になった。もはや、横に広がる枯山水と畳と漆が作る侘寂の世界には興味も無かった。ただ、それに従い受け入れる事が面白くもあり、興味を注がれる事でもあり、やはりその行為を乱暴にも我武者羅にも、その行為を受け入れがたくは無いが為に実行するその実直な、自分に素直な所に実直な所に惹かれ、自分に似たような物があるからと思い、惹かれた相手が好きだったからかも知れない。ななしはふとそうごちる。だけどアクタベは気にせず無視し、ただななしの痕に自分を残した。ななしはただ黙って、それを受け入れた。やはり、その方が好きだから、と言う意味でもあった。けど、だからと言ってどっちとも取る事は出来ないので、やはりアクタベを優先する事の方が多かったのかも知れないが。


(ある日本庭園でのこと)

実直でも何が何でも、自分に通う所があると言っても、その前に、やはり。惚れた弱味と何と言うべきか、とななしは後に語る。
ただ、手枷足枷首枷を嵌めると言うのならば、自分で嵌めた方が良かったから、とアクタベは後に視線を逸らしてそう言う。ななしは黙ってアクタベに抱き付いた。その頬には紅潮を、口には笑みを、そして目尻には涙を溜めながら、ただ黙って嬉しそうにアクタベに抱き付いた。アクタベはそれをただ黙って見ているだけだった。ただ黙って受け取っているだけだった。







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企画提出用
brolo【庭園】



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