レイン、冬を彩る


どうして七夕の日は何時も天気が悪くなるんだろう。父親の陰謀なのかな、それとも人目を憚って会いたいからかな。と呟いたのは当の昔の事だと思う。
何か、郷愁に似た思いを抱きながら昼寝をしていたら、唐突にソファの足を蹴られた。体が揺れる。うわ、何!?と驚いて起きたら、平然とした顔で私を見下ろすアクタベさんの顔があった。一体何だろう、と思っても、相変わらず黒のズボンのポッケに両手を突っ込んだままで、ジィッと私を見下ろすだけだ。私は首を傾げる。けど、ちっともこの人は動こうとしない。
「なに?」
私が聞いてもアクタベさんはちっとも応えようともしない。私はソファの肘掛けに凭れた足を床に落として、ちょこん、とソファの上にちゃんと座った。両足と膝を揃えて、テーブルの前に足を落とす。けど、アクタベさんは私が寝ていたソファから一歩も動かなかった。そう、私は事務所で留守番をしていた。そして、恐らく留守中に昼寝をしていた事を怒られるかもしれない、と思っていた。だって、職務怠慢の上サボりだもん。例え人が来ても、アクタベさんが来たりアクタベさんの匂いで包まれてるからついうとうととしてしまうのが実情だけど……って。私は悪魔達を召喚する匂いも此処に含まれている事を思い出し、思わずキリッと背筋を伸ばして居住いを正した。けど、アクタベさんは呆れたような視線を私にやって、肩を下げただけだった。
「行くぞ。」
と目だけではなく口で言ったアクタベさんは、膝の上に置いた私の手を掴んで引っ張る。そのまま釣られて立ち上がらされる。私は少し態勢を崩しながら起き上がった後、アクタベさんに腕を引かれたままケンケンで少し歩いた。ケンケン、片足でピョンピョンと跳ねながら歩く方法だ。履いた赤いサンダルが小柄なリボンを下にして落ちようとする。「ちょっと待って。」と言ってもアクタベさんは聞く耳持たず。私が爪先でサンダルの爪先をひっかけた途端、私の体を外へ放り出して事務所の扉を直ぐに閉じた。
グルン、と私の体が一回転する。それと同時に扉が閉められる音がする。私は飛んだサンダルを拾いたそうに腕を伸ばしたけど、腕を掴むアクタベさんのお陰でそれ以上進むことが出来なかった。またしてもケンケン。先を歩いたアクタベさんが飛んだ私のサンダルを拾い上げて、踵の向きを私に向けた後また歩いた。私はアクタベさんに腕を引かれてケンケンをしたまま必死にサンダルの爪先を自分の爪先に引っ掛けて、ちゃんと履き終える。トントン、と爪先を床に叩きつけながら、またしてもケンケンで歩く。厄介な階段はケンケンで歩くと危険だから両足でちゃんと降りる。あ、とアクタベさんの左右や前後に揺れるアホ毛を見ながら、ケンケンで危ない歩き方をして、足を踏み外した拍子に前を歩くアクタベさんへ体当たりするのもありだ、と思った。危ないからやりたいけど、危ないからやりたいけど自制するけど。私はぐっと我慢した。
数百円の価値を電車の切符代に払って電車を乗り終えた後、アクタベさんに腕を引かれたまま、ぐいぐいと見知らぬ場所を歩かされる。私はきょろきょろと辺りを見渡す。「おい」とアクタベさんが前を歩いたまま言った。
「余り物珍しそうに見るな。逆にお前が見世物になるぞ。」
「酷い。」
率直にアクタベさんの発言に私は感想を言ったけど、アクタベさんは素知らぬ顔でドンドン先に行く。私はアクタベさんに腕を引かれたまま、ぶぅと頬を膨らませて心の中で不満を垂れた。何だ、何だ、全くもう。都会の奴は田舎者を見世物にするってのかい。私はぶぅぶぅと不満を垂れながら灰色のジャングルから緑の森へ変わったことに目を輝かせた。思わず心が浮き立って、アクタベさんが腕を掴むことに構わず森の中へ突進したくなる。でも、アクタベさんが腕を引っ張ることでそれは阻止されるを得なかった。
「おい。」
「え、なに?」
「余り訳の分からん所に行くな。迷うだろ。」
「ちゃんと看板があるじゃない!」
「それを見落とすお前が言うな。」
「見落としてないよ、失敬な!」
「看板見落としてもそこに書いてある注意事項見落とすお前に言われたかねぇよ。」
アクタベさんの一言に言い返す事も出来なくて、思わず黙った。フン、とアクタベさんが鼻を鳴らす。そしてそのまま私の手首を掴んで先を歩いた。もしかして少しの譲渡をしてくれたのであろうか?私はサンダルに掛かる草やその間から見えるテントウムシや虫を眺めたり、遠目に見える植物や森や、腕を伸ばせば触れられる程近くにある花に手を伸ばしながら、アクタベさんに腕を引かれて歩いた。アクタベさんの背が近付く。トン、とアクタベさんの背中に当たりそうになった所で、ゆっくりとアクタベさんが遅い歩調で歩いている事に気付いた。
「……おい。」とアクタベさんが低い声のまま、ゆっくりと言葉を選ぶよ……いや違う名、地を這うように言った。
「余りはしゃぐな。みっともない。お前は子どもか。」
「心は大人だよ。」
「行動がみっともねぇんだよ。例え年齢が大人だとしても振る舞い方が追い付いていねぇ。」
「失敬な。私は、ちゃんとテーブルマナーや言葉遣いは出来ますよ!」
「言動が子どもっぽい。」
「……し、失礼な……。ちゃ、ちゃんと出来るんだから……。」
「じゃ、大人の振る舞い方をしてみろよ。」
「う。」
アクタベさんの言動に言葉を詰まらせながらも、少し身を繕ってゴホン、と大人らしく席をした。
「あら、あそこに見えるのはツバキではなくて?知っていますか?椿って、中国では昔から薬用として重宝されていましたのよ?」
「阿呆。」
「何で?!」
折角大人っぽく振る舞ったのに、悲惨な言葉をアクタベさんから貰って、ガン、とショックを受けた。何で!?私は思わず声を大にして言いたくなった。アクタベさんは呆れたように私を見て、手首を掴んだ手を動かした。
「言動どころか考え方自体までも子どもっぽい。……お前が成人したと言っても信じられねぇよ。」
「……。」
「ガキだったらこれで顔を赤くする。大人の女だったらこんな事で顔を赤くしないで軽く流す。分かるか、この意味。」
「お、大人だもん!あ、あ……アクタベさんにあんなことされたんだから!」
「……上出来だ。」
ニヤリ、とアクタベさんが口の端を上げて笑った。それに益々私の顔が赤くなったけど、さっき言ってた事と何か違うような気がする。
自分でも自覚している子どもっぽい所を褒められて、何か変な気がする。さっきまで、大人っぽくしなきゃ駄目、なんて言う風に言われてたのに……。一体、この人の笑うツボと言う所が分からない。よし、短冊に出来たら、アクタベさんの笑いのツボがどうとかって書いておこ。と思いながら、繋がれた手を見る。何か妙に、上機嫌。後、周りの人は学生さんと思われる若い人やカップルや、小さい子を連れた親子が沢山。手を繋ぐアクタベさんの手を思わず引いた。
「ねぇ、若い人たちが一杯いるよ。」
「ん?そうだな。」
「何かの仕事?」
「……まぁ、彼等にとっては、そうだろうな。」
此処が人前だからだろうか、それとも人目に付かないようにする為だろうか。アクタベさんはなるべく荒っぽくない口調を選んでそう言った。何時もならば「まぁ、アイツ等にとってはそうなんだろうな。」なんて言う、つっけんどんに突き放したような口調で言うのに。
そのまま腕を引かれて、サラサラと短冊の飾られた笹の下に連れて行かれる。けど、素通りされる。私は近くにあった短冊に手を伸ばして、裏返しになったそれの表を私へ向けた。書かれた願い事の一つを見る。「家族全員幸せに過ごせますように、あせパパ」なんて言う願い事が短冊に書かれてあった。
○○パパと言う名前から分かる家族持ちの人が書いた短冊を後に、アクタベさんが連れて来た白い小さなテーブルの前に立たされる。「ん」とアクタベさんが私をテーブルの前にやる。そして自分は隣の小さなテーブルで何か書き始めた。私はテーブルの上にある物を見る。複数の黒や青やらピンクやらのマジックが入ったペン立てと、色とりどりの短冊が山になっておかれた紙。
私は適当に上にあった短冊を取った後、隣でキャップを嵌めたサインペンの尻を顎に当てて考え込んでいるアクタベさんを見た後、サラサラと短冊に何か書こうとした。でも、思い当たらない。
考え込む私を余所に、アクタベさんは尋ねて来た。
「何か書かないのか。」
「んー……じゃ、商売繁盛。」
「止めろ。ただでさえ従業員が少ないと言うのに……過労になる。」
「じゃ、グリモアが見付かりますよーに。楽に。」
「天に向かって願いたくない事だな、そりゃ。天使に横取りされる。」
「じゃ……キラキラ星様が見れますよーに。」
「何時も見上げりゃ見えるじゃねぇか……。おい、こっち移れ。後ろが詰まる。」
「えー……。」
ぶぅ、と唇を尖らせても、サインペンと短冊を持ったままアクタベさんに腕引っ張られる。隣のテーブルへ移る時にチラリと後ろを見れば、親子連れの子どもが短冊を待っていたように、私のいたテーブルへ突進した。
「……何か、悪いことしちゃった、かも……。」
「じゃ、さっさと何か書け。」
「アクタベさんこそ。まだ何も書かれてないじゃない。」
「……。」
何か難しくなったから、私は鞄の中に入れっ放しにしたボールペンを取り出して、サインペンをペン立ての中に戻した。アクタベさんは黙ってそれを見る。私はテーブルから離れた。
「おい。いいのか、短冊持ったまま離れて……。」
「願い事も思い浮かばない、考えあぐねる内に人は詰まる……。じゃ、ゆっくり考えた方がいいじゃない?」
「……。」
「短冊は、また後からでも飾れるし。」
「書き難いがな。」
とアクタベさんは減らず口を叩いてから、手にしたサインペンをペン立ての中に戻して私に近付いた。
適当な所に座って、短冊を平たい所に置く。アクタベさんも私の真似をして、短冊を平たい所に置いた。そして、内ポケットから仕事で使う万年筆のようなボールペンを出した。いいなぁ、とつい思ってしまう。私はカチカチとボールペンの先を出す細長いのを鳴らしたり押したりしながら短冊に書く願い事を考えた。
「……よし、アクタベさんが使うよーな万年筆が……」
「おい。」
「え?」
「どうしてそうなる。」
「……いや、いいなぁ、って思って。……アクタベさんの万年筆。」
ほら、とアクタベさんの手にある万年筆を指差すと、アクタベさんは複雑そうな顔をした。
「だからと言って、お前が欲しがることもないだろう。」
「えー、でも憧れるなぁ。そうやって仕事に使うのなんて。私なんて使っても私用だよ、私用。仕事で使うと逆に書き難くて苛々しちゃうし……。」
「……誰かって得手不得手があるだろ。そうと気にする事もないだろ。」
「そうかなぁ……。」
「さっさと願い事を書け。」
「ちぇー。」
と言いながら、短冊に考えた願い事を書く。何か話が逸らされたような気がするけど気にしない。アクタベさんが短冊を書き終えたのらしい。私は書き終えた短冊を手にしながら、アクタベさんが書いたのを覗きこんだ。
「えー……。それ?……他人にも見られるんだよ?」
「一番高い所に結べば問題ない。」
「問題ないって……。私、届けないよ。」
無言でアクタベさんが私を見る。真剣に私を見詰めるその視線に、思わずドキッと胸が高鳴った。顔に熱が昇るのが自ずと分かった。
「じゃ、結んでやる。それで問題ないだろう。」
「う、む……む。」
「……何だ。何か文句あるようだな……。」
「む、別に……そこでそれかぁ、って思っただけで……。」
「あ?んだと。」
「いや、んー……まぁ、荷台さえあれば何とかなるよ、お立ち台。」
「寧ろそれだと更に高く結べるな。」
「私が使うんだよ。」
「いいや、オレが使うんだ。」
等と言いながら、アクタベさんは既にそれを結ぶ気満々だ。私はそれを破り捨てて、今にも早く別のお願い事を書いて頂きたい、と真っ赤な顔で心臓バクバクと言わせながら思う。
「もっと他に書く事ないの?例えば……楽に悪魔使いからグリモアを収集出来ますように、とか……。」
「他人に任す事でもないからな。自力でやるさ。それと、こう言うのは、人力で不可能な事を願うものだろ。」
「ム。終わった結果に対してどうしようもない時に、最後の頼みの綱として神力に頼るものなの。だから、私はまだマシなの!」
「そうか。なら、余計に期待出来るな。」
平然と言ってのけるアクタベさんの発言にもう言い返す言葉も思い当たらなくて、俯いたまま、ギュウッとアクタベさんの袖を引っ張った。でも、アクタベさんは「ハッ」と笑い返すだけだった。明らかに馬鹿にしている口調だった。

「恥ずかしいよ、そんなのやめてよ。」
「断る。何故易々とこんなに楽しいものを手放さなきゃならん。」
「それ、絶対七夕関係ないでしょ。」
「あるさ、少なくとも、今は。」
「嘘ばっかり。」
「お前は直ぐに嘘を吐く。」

ニタニタ、とアクタベさんは笑いながらそう言う。私はカァッとなった顔を俯いて隠すだけしか出来なかった。ニタニタと笑うアクタベさんの心境なんてきっと、宇宙が何千回死んだって分かりっこないわ。
私は短冊の裏側に「アクタベさんが宇宙になりますように」とだけ書いてアクタベさんの胸へ押し付けた。


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title by C
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此方の不注意で、企画サイトに提出した方の作品の名前は『スペースシャトル』です。
∵/(^O^)\¬σ パァン



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