Smooth Uptenpo & Bossa Nova


「ん……。」

ピアノの音色と喉の渇きで目が覚める。そろそろと、肌を刺す寒気から身を守るようにシーツと毛布を引き寄せる。寒い。暖房は付いてないのか、白い息が出た。ピアノの音色と男性の声のする方へ体を動かせば、いない筈の背を見た。と言うか、愛用しているお化け毛布が勝手に使われていた。ピアノの流れに流されてその背を叩く。ポスン、と作った拳骨で軽く背中を叩けば「起きたか。」と言われた。起きたかって何なのだ、起きたか、って。リズムの鍵盤が叩かれる音が聞こえる。一体何なんだろ、これ。と思って音のする方を見たら、ラジオだった。寒いな、と思いながら引き摺りだした毛布を襟元に引き寄せながらラジオに近寄った。した後で気付いたけど、結構片付けるのが面倒臭い。CDディスクの一緒になったラジカセに近付く。急に電波の調子が悪くなったのか、肩に乗せた途端、ピアノの演奏が途切れた。バンバン、と叩く手を眺める。眉間を顰める様子が横顔からでも分かった。今にも舌打ちしそうな顔を見ながら「ジジジジ」と砂嵐を飛ばす音が聞こえる。訳の分からない異国の言葉が流れる。「ジジジジ」の音に交って「ジャジャジャジャ」。その砂嵐の音に紛れて、アメリカ人とか言った人が掻き鳴らすようなギターの音が聞こえた。ドンドン、とピアノでもない、何か深い響きを持つような音がギターの音に紛れて聞こえた。一体何だろ、これ。私は寂れた鉱山沿いにある村の寂れた教会に打ち捨てられたオルガンを思い出した。そこで、鉱山夫がバンドを組んで、ジャズを演奏しているのだ。まるで、1960年代のアメリカのように。アニメでしか見た事がないけど。
ウォルトディズニーの時代で使われた手作業の色と動きを思い出しながら音色の変わるそれを見た。今度は軽快な……ぷわぷわーと言った音が出た。何だろ、これ。軽快でいて、重厚。ダイアルを回しながら弄る手を眺めながら私は言った。

「ねぇ、アクタベさん。」
「あ?」
「さっきから、弄ってない?」
「……。」

どっちの意味でだ、と聞きたそうに振り返られる。私は「そっちの意味で。」と指すようにラジオへ指を差した。アクタベさんは「そうか」とでも言うように視線だけをやって、無言でラジオに戻った。まるで軽薄な朝を思い出すみたい……。あ、違った。これでは薄情者になると言う意味になるではないか。一旦、言葉が分からないから口に出して、聞いてみようかな、と思ったけれども、アクタベさんがラジオに夢中になってる為に、中々言えない。私はゴロン、とアクタベさんの肩に顎を乗せながら凭れかかった。酷いなぁ。私は全裸と言うのに、アクタベさんは服だなんて。すっかりシャワーを浴び終えた後に香る石鹸の匂いをスン、と嗅ぎながら音を聞いた。次は「シャァン」と「パァン」が組み合わさったような音だ。まるでシャンパン飲みたいくらい。私はクリスマスカラーの事を思い浮かべたけど、どちらかと言うと違うな。これじゃぁジャズバーに入り浸って聖キリストの誕生を祝うと共にジャズの音色に合わせて踊って、歌って、シャンパンを飲みあう仲になるではないか。それでも良いかもしれない。一夜限りで会って、一夜で会って飲み交わして、友になると言う事は。でも、私もアクタベさんもそんな性質じゃなかった。ゴロン、とアクタベさんの肩に顎を乗せて凭れかかりながら言った。

「ねぇ、賑やかな所だったらどうする?」
「断る。」

手拍子に合わせて男の太くも低く、軽快さと重厚さを孕んだ声が音を奏でる。ほら、やっぱり、即答した返事に対してそう思った。スーツの上着を脱ぎ捨てて軽快に踊るアクタベさんだなんて想像出来ない。何時もぶっきらぼうで無表情が多くて……多い事はないか。でも、笑顔だなんて人を騙す以外になくて、あっても人のドロドロとした所を見る時じゃん、それだけじゃん。何時もぶっきらぼうで……笑顔と言っても引き攣ったような笑みと言うだけで。まぁその笑みも好きな訳なんだけど。あと、このジャズボーカルの男性、絶対アメリカ人だな。何故かその自信があった。アクタベさんはラジオから奏でる音に集中しているようだった。今度はプワンプワンとした……それで重厚な感じ。出だしが重厚だけど、軽装さを孕んでいる。ジャズと言うものは一概に言ってそうなのだろうか?少し首を傾げながらアクタベさんの横顔に近付く。目を瞑って、微かに顎を上下に動かしてる。……うっとりしてるのか?私はそう思い、アクタベさんの頬に唇をちょっと押し付けてみた。ちぇ、なんだ。気付かないのか。一向に気付かない様子に不貞腐れた。それを続けてたのか、それとも不貞腐れた視線をずっと送り続けていたお陰なのか、漸くアクタベさんの瞼が薄く開いて、こちらをチラリと見るように視線を送った。

「……何だ。」
「いや、別に。」
「相手なら今、せんぞ。」

スッ、とアクタベさんは私に視線を向けた後、同じように音楽を流すラジオに視線を向けた。そしてそっと瞼を閉じ、また音楽に身を預けた。……もしかして。さっきの事、頬にやったキスの事を覚えていて言った事であろうか。私は先程、気付かれずに終わったアクタベさんの頬へのキスを思い出しながら思った。けど、こちらだって願い下げなのだ。散々相手にされて枯れた喉とガタガタの体の所為で相手に出来る余裕なんてない。私は更にアクタベさんに凭れかかって迷惑を掛けてみたのだけれど、一向に気付く様子もない。と言うか、顎を微かに上下に揺らして瞼を閉じ、音楽に身を委ねている。完璧に音楽の世界に入っちゃってるよ、これ……。グリモア以外で興味を持つアクタベさんの姿を見ながら思った。チラリ、とラジオの方を見ても一体何のラベルが付いた音楽が流れているのかすらも分からない。ただ「ジャズ」としか分からないような音色と楽器の奏でる音が聞こえるだけだ。
私もアクタベさんと同じように目を閉じて音楽に委ねてみた。次の音楽は……まるで朝食を取るOLがぷらんとがーでにんぐ……?いや、違うな。あの、開かれた喫茶店と言うか街路沿いにある喫茶店……って。英語を喋る女性の声に遮られた。アクタベさんも薄く目を開けていた。どうやら、ラジオのあれ、あれ……オペレーターって言うの?そう言う司会役とかって言う……それ。
アクタベさんも思ってるのか、聞き取りやすい英語に耳を傾けていた。声、じゃなくて聞き取りやすい英語である事を願いたい。

「……エンジョイ、ジャズ、ミュージック。」
「下手糞。」

アクタベさんは下手な発音についてぴしゃりと厳しい意見を出した。けど、ジャズの音色はまだ続く。次は何だろ、と思って、ラジカセの隣に置かれたCDディスクに手を伸ばす。ラジカセじゃなくて、CDデッキとラジオがセットになって出来た……。あぁ、いいや。私は試行を投げ出して、CDディスクを手に取った。軽く顎を上下に揺らして音楽に身を委ねていたアクタベさんが軽く瞼を開ける。お、反応があった。と思いきや、私はCDディスクのジャケットに目を奪われてた。

「何これ……。こう言う羊、いるの?」
「……。」
「なんで羊の背に……毛皮?に、としょくが……。」
「盗難防止だとさ。としょく、じゃなくて、言いたいなら塗る、だ。」
「としょくって言葉、なかったっけ。」
「大辞泉を見る限り、ない。」

アクタベさんの脳って、大きな一つの図書館なんだろうか。と思いながらCDディスクを奪われる。そこに記されてたのは英語だけど、"jazz"の四文字しか読み取れなかった。「俺が今聞いてるのは、これじゃねぇぞ。」と言われた。

「こいつは、お前が寝てる間に聞き終えた。」
「私、聞いてないんだけど。」
「グッスリと眠っていたからな。」

揶揄を交えて言われた。何だよ、そんなに酷い事かよ。と疲れ果てて眠った事を思い出したけど、不満を言うよりが前にアクタベさんはもう夢の中。いや、違った。音楽の世界に揉まれていた。何だよ、本当に、もう。軽く顎を上下に揺らして瞼を閉じるアクタベさんの横顔を見る。本当、これ、何だよ。私はこの曲名やジャズの正体を暴いてやろうと思ったが、ラジオに見えるのは"Hz"だけ。数字と"Hz"の五文字だけだった。「ねぇ、アクタベさん。」と口を開くよりも前に次の曲が流れる。今度は、ギターを掻き鳴らすように寂しい夕暮れの別れを言い表すように音楽は流れるけれど、背景の楽器は先に見える希望を表していた。私もアクタベさんと同じように目を閉じて音楽に身を委ねる。顎に軽く震動が伝わって、音楽から目を開ける。アクタベさんがCDディスクを手に取って、歌詞だか何だか知らないけど……。そう言う事が書かれた冊子をディスクから抜き取った。あ、間違えた。ケースだ。
間違いを半ば誤魔化すようにCDディスクの収まったケースに手を伸ばしたけど、はしたないと言うように、アクタベさんに手を叩かれた。地味に痛い。今度はバーじゃなくて……何だろ。それに近い、喫茶店とバーが入り混じったような所で掛かるような音楽が鳴った。アクタベさんが歌詞カードみたいな冊子の一番後ろのページの端を指差した。夜中の薄暗い、微かな灯りしかない状況で、凄く目を凝らして見た。アクタベさんが指を差した冊子の最後の内側のページ、そこに英文と一緒に数字とHzが書かれていた。大体概要するならば、「よりよいジャズ生活を楽しみたいのならば、こちらのラジオまで」、と言う事だ。アクタベさんはそれを指差した後、パラパラとあの人形……あの蛇の人形……。ガラガラヘビの人形のようにパラパラと床まで伸びた歌詞カードを畳んだ。何か、変。自分の日本語に対してそう思った。
アクタベさんは歌詞カードを合わせて閉じた後、ディスクに戻した。「どうやら、盗んだものらしい。」アクタベさんの言葉にギョッとしたが、アクタベさんは付け足すように言った。「非公式の物だ、と言う事だ。」そう言う事でもあるが、最近聞くあれもあるので心は休まらない。アクタベさんの言葉の続きを待った。「安かったのでな、買った。後で、これが輸入品であると言う事に気付いた。」私はアクタベさんの頭にグリグリと頭を押し付けた。

「何それ。結局、非公式の物でも盗品でもない、って事じゃん。」
「阿呆。此処からが本題だ。これ、輸入検査してねぇって事なんだよ。」
「……つまる所?」
「最悪、密売品と同様の扱いをされる事となる。」
「今更じゃん。アクタベさん、毎回グリモア他国から持ち帰る度に持ち物検査を受けていた、って言うの?」
「してた。」
「……案外、素直なんだね。」
「お前は素直の使いどころを間違っているような気がする。」

とアクタベさんに言われた。私は素直だよ?と言う事を言うと、偶によがる癖に。と返された。一体どこをどのように返してホームランを打ったのであろうか。私はカァッと顔を赤くしながらアクタベさんに反論をした。そう言う事じゃなくて、あぁ、もう。何時の間にかジャズは違う曲名に変わっていた。

「もう。ねぇ、アクタベさん。」
「あ?何だ。」
「猫飼いたい、猫。それか犬。」
「……。」

お前、今俺が言おうとした事を……。なんて言う不機嫌な目を貰われた。先手必勝なのだ、フフン、と心の中で思いながら、更にオネダリをした。アクタベさんの背中に体を押し付けた。こう言うオネダリの仕方は嫌なのか、アクタベさんはとても嫌そうに眉間を顰めた。顔を歪めたアクタベさんに、別のオネダリの時は喜ぶ癖に。と思いながら口を開いた。どうやら、肉欲と肉欲、と言った同価値の欲が結びついていないと駄目なのらしい。物欲ならば物欲と。それとも何だ、アクタベさんは生体販売を物欲と結び付ける事に賛成であるのだろうか?少し首を傾げながら聞いてみた。

「ね、アクタベさんは生体を物欲と結び付ける事に賛成なの?」
「愚問。それならば俺達だって物欲と結び付けられる事となる。」
「だよねー。……うん。」
「……何だ。」
「それなら、ペットショップとかブリーダーとかは?」
「前者はそう言った物欲の要求があるからだろ。後者は、種の保存か何だか……そう言う所だろ。」
「そうだねー……。本当、全体的で見れば、人間って矛盾してるよね。」

と本当に色々な人間を「人間」と言った包括で見ながら思った。本当、矛盾している。赤の絵の具の中に青の絵の具を落として、グルグルと紫色の渦巻きを作る事を思い浮かべながら言った。ラジオのダイアルを回したアクタベさんが砂嵐を作る。段々と遠ざかる音楽に耳を傾ける。砂嵐が酷くなる。段々遠ざかる音楽と反比例して異国の言葉が現れる。私は遠ざかる音楽と異国の言葉に耳を傾けながら目を瞑った。アクタベさんの腕はダイアルを回す事を、まだ止めない。

「"Smooth Uptempo"、ジャズ。」
「え?」
「"Smooth Uptenpo"ジャズ。何が何だか知らんが、そう書いてあった。」
「へー……。」
「更に、調べてみると、他の音楽までもあったのらしい。」
「アクタベさん、パソコンとか近代家具を使えたんだ。」
「ふざけるなよ。これに書いてあった。」

結局、近代家具とかパソコン、使ってないと言う事になるじゃん。
家具の範囲が今一言ってる自分でも分からないが、パソコンや携帯、スマートフォンと言った道具のインターネットを使って調べてない事は分かった。アクタベさんはCDディスクのケースに挟まれた広告を指差しながら言った。歌詞カードの最後に「よりよいジャズ生活を楽しむならば――」なんて書かれてあった広告と同じようにご丁寧なもんだ。私はその長方形のメモ用紙に手を伸ばして、印字された英語を目でなぞった。大方、私がグッスリと眠っている間にCDディスクに入ってる方の曲を全部聞いて、気に入った曲調の名前を探し出して、それにピンと来る局を探しだしたんだろうな。とダイアルを弄っていたアクタベさんの指を思い出す。「ジジジジ」に交って聞こえる音楽に目を上げる。女性のボーカルが聞こえるけど、不愉快な感じじゃない。寧ろ、ボンボン、と何時も行く雑貨屋さんで掛かってる音楽が聞こえるだけだ。何だろ、と思って音楽に耳を傾ける。段々と砂嵐が遠ざかって、音楽が近付いて来る。まるで心臓の音のようだ。「ボンボン」とも「どんどん」とも似つかないような打楽器の音とピアノの曲を聞きながらそう思った。

「お前には、これがお似合いだろ。」

そう言ってダイアルを回す手を止めたアクタベさんは、一体何が言いたかったんだろ。ピアノの曲と深いせせらぎを思い浮かべるような曲調の最後を聞きながら思った。けど、次の曲が始まる。ピアノと、また心臓の音を思わせるような打楽器。次は男性のボーカルと来たけど、先程の女性のボーカルのように不快な感じはしない。寧ろ、胎児、母胎に戻ったような?目を閉じて考えたら「動悸。」と不意に呟いていた。呟いたのに目を開いてみようとしたら、薄く目を閉じたアクタベさんの顔が近付いた。これも不意。軽く腕を伸ばされて頭を掴まれながら、触れるだけのキスを受けた。これも不意。アクタベさんは何て事もないようにラジオに顔を戻した。
「どうきー。」と子供っぽく言ってみたけど、どうもこの曲調には合わなかった。寧ろ「動悸。」と簡潔に言った方が……ん?語感と言うものは難しい。
アクタベさんの肩に顎を乗せて凭れかかりながら考えた。何時も行く雑貨屋さんで買う事を考えた。やはり、何時見てもアクタベさんが不機嫌である事に変わりない。そんなに、女の買い物に付き合うと言う事が嫌いなのであろうか?と考えてたら、女性の司会者の声が聞こえた。それと同時にプツリ、とラジオが切れた。
アクタベさんがラジオの電源を切っていた。

「もう秋の夜長は終わりだ。寝るぞ。」
「冬だよ。」
「……。」

無言で背を向けたままのアクタベさんにデコピンを貰われた。痛い。しかも振り向いたまま直ぐデコピンだなんて、加減してないからか痛い。私は軽く跳ねられた頭を元に戻しながら、痛む額を抑えた。うー……痛い。ガサゴソ、とスーパーの袋が擦れるような音がして、そちらの方に振り向く。ピト、と頬にくっ付く。アクタベさんが取り出したペットボトルを受け取る。ミネラルウォーターだった。アクタベさんは無言でそれを見た後、一人スタスタとベッドに戻った。覚えてたのか、と私は軽く一人呟きながら、ペットボトルの蓋を開けた。情事の時、果てた時、朧気で夢か真か分からなかったのだけど、水が欲しい、と枯れた喉で言ってた。アクタベさんの荒い息だけが、妙に現実味を帯びていたように感じる。
ペットボトルの蓋を開ける。もう飲まれていた所為か、易々と蓋は開いて、数口しか飲まれて無いミネラルウォーターは直ぐに私の胃へと落ちて喉を潤した。
ぐいっと口元を拭う。付けっ放しのハンドライト……じゃなくて、えーっと……。言葉に悩む。
テーブルライトを消して、空いたペットボトルをテーブルに置く。スタスタと先に入ったアクタベさんの横に潜り込んで、冬の夜長を明かす。先に潜り込んでいたお陰か、毛布と一緒に潜り込んでも、布団の中は充分な温かさを持っていた。
先に寝ていたアクタベさんがクルリと寝返りを打って、私の体を覆っていた毛布の端を器用に盗んで、自分も毛布に包まった。それと同時にギュッと抱き締められる。いいのかな、私、裸なのに。とアクタベさんのシャツやスーツの生地を直に肌へ感じながら、そうっとアクタベさんの背中に手を回した。ま、いっか。と思いながら目を閉じた。
冬の夜長は明けるまで寝て過ごした。


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避寒地→提出。
jAZZRADIO.com→http://www.jazzradio.com/(PC)
Smooth Uptenpo とか Bossa Nova 聞いて書いた。
正直音楽とか曲調だなんて分からんぜよ。



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