20.酔った君が貝を拾う


 何時もの服装とは変わって、ネイビー色のシャツを着ていた事に対し、柄になく褒めれば、それはとても嬉しそうに微笑んだ。アクタベは背広のポケットに手を突っ込んだまま、目の前にあるものが笑う様子を眺めた。それは黒いストッキングにブルーリーウッド、それはまるでどっしりと湿った枯れ木が流れ着いた行き先の砂浜のように淡い茶色を含んだ砂粒を付着させながら、それは砂浜に足跡を遺した。アクタベはその遺す足跡を見る。その服装を眺めれば、普段と違う事は一目瞭然であった。アクタベはその服装を思い出す。カーキ色のジャケットに、その色素の含む三大色素の、明朗快活さを表す色素をふんだんと取り入れた色をそのジャケットの下に着て、下はそのジャケットの色に類似した色か、それとも青か灰色の系統に似た色を履いていた事を思う。普段履くブーツは、寿命が尽きた。と、それが言っていた。アクタベはそれがまた、その類似したブーツを購入する為に、またしても無駄な浪費を行った事に溜息を吐きながら、頭を抱えた。それは、俯いたアクタベに対して振り向き、その吐き出した言葉に唇を尖らせた。アクタベはそれの吐く不満に対して、毒を以て返した。
 アクタベは、自分と同じ黒のスーツを着ているそれを見ながら考える。自分が男物のシャツを羽織っている事に対し、それは女物のシャツを着ていた。アクタベはそれと自分の違いを、男物と女物のシャツの差であろうか、と考えた。だが、それの羽織るシャツは、女性のものであると指し示すように、何やらレースに似た装飾が真っ直ぐに伸びるボタンの列に装飾され、肩幅は自分のものと違っていた。男物と女物の差から、そうもしっくりくるのであろうかと考えても、やはりどうも来なかった。
 普段ならば、もっとガキっぽい、それの年齢には年相応でないにしろ、それにとってはピッタリとしたものであった。だが、その色素と色合いからは、似ても似つかない暗い色をしたと言うのに、何故かしっくりとしていた。アクタベは首を傾げた。その足跡を追う。それは波打ち際に襲われていた。
 スーツの裾を濡らしたそれは、大きく口を開けて、波の裾を見ていた。アクタベはそれに対し、「阿呆か」と毒を捨てた。それは怒った。頬を膨らませて噛みつく事に対し、アクタベは何の畏怖や恐怖すらも抱かなかった。アクタベはその頭を軽く叩く。気紛れに任せ、それの腕を掴んで、ブンと砂浜へと投げ捨てた。
 アクタベはその普段の行動を考えた。だが、その前に今回行った事を思い出した。しかし、どうやっても思い出さなかった。アクタベを眉間を顰める。一言で言えば、それの行動に付き合わされたり振り回されたりして、嵐の様子しかアクタベの頭の中に残っていなかった。あっけらかんとし過ぎる程に依頼を終わらせた様子を思い出して、アクタベは溜息を吐く。今回は、楽な仕事であった、と。外部の者が何も知らずに見たらそう吐くであろう、呆気ない終わりだった。
 アクタベがそう考えている傍ら、またそれは波打ち際へ行って遊んだ。また裾を濡らす。あぁ、思い出した。とアクタベは、また無邪気に裾が濡れる事などお構いなしに爪先に波を付けては跳ねるそれの遊ぶ様子を見ながら思い出した。確か、何らかの政治関係で、その様子を調査する為に行っただけに過ぎなかったのだ、と。アクタベは考える。その連中は、悪魔などそう言った物に信憑性はないと信じていたが、どうもそっちの界隈ではこの事務所の名前は有名なのらしい。アクタベは考える。どうも「悪魔を使って100%依頼を解決する」と言う謳い文句が真実のようにはこびっていたかららしい。アクタベは目を伏せる。確かに、それに嘘偽りはなかった。だからと言って、それに頼りっ放しになる人間もどうかと思うが、とアクタベは以前、自分が金を収入した手順の一環として、そう言った客がいた事を思い出した。鼻で嗤う。その人間は寿命で死んでしまったものの、直ぐ自分の思い通りに行かなければ、即思い通りに出来る道具に頼る人物であった。
 最も、その多くはそれを行う為の資金が尽きて離れる事が多かったものの、憐れむ事に、それにはそれをするだけの金があった。アクタベはその事を思い出し、鼻で嗤う。
 そして憐れんでやると言うものの、微かにそこへ啜り寄った嘲笑が共存した。
 アクタベは憐れんだ。そして、憐憫と嘲りの情を合わさり持った感情を向けているそれを見た。アクタベはそれを見る。だが、やはりそれはアクタベに対し、不思議そうに見上げる。「本当、お前は馬鹿な女だよ。」とアクタベは嘲笑を吐き出した。
 アクタベの手は背広の両ポケットに突っ込まれていた。アクタベは思い出す。そしてその女は不思議そうにアクタベに向かって首を傾げていた。
 本来ならば、アメリカや海外と言った外国でない限り、私立の探偵に防衛等と言った依頼は来ない。何故ならば、此処、日本には平和の条約があり、法律で暴力による防衛を禁止されているからだった。それが、国民の性か民族の性か、それとも別の圧力や操作があってか、こんな温和な人間性へと変わって行っ…いや。ずっと前からそうであったかもしれない。アクタベは頭を振った。そこが諸外国との交流を断った時代の前からも、鎖を切られるまでの間ずっと、諸外国性には見られない、傾向を持ち続けていた事を思い出した。閉鎖的な田舎の特徴を持っていたものの。アクタベは目を伏せ、溜息を吐く。例え、それが諸外国の何処かに見られようとも、暴力性と言う牙と大きな口によって、そのドス黒い胃袋の中へと直ぐに飲みこまれたものであった。それが、今やこの有様である。アクタベは溜息を吐く。この島国ではドス黒い胃袋に呑みこまれる事なく、こうしている。それが一体どう言う事であろうか。アクタベは伏せた瞼の間に映る砂浜を見た。もしくは、自分もそれと同じように、それを鎖で縛り付けて、外部との接触を一体断ってから自由にさせれば同じ事をするのであろうか。と考えたものの、既に自分がそうした事を思い出し。アクタベは嘲笑った。鎖の解かれたそれは、不思議そうにアクタベに首を傾ぎ続けた。

「…どうしたの、一体…何か、面白い事でもあったの?」

 此処からじゃサンゴ礁なんて見られないよ、と見当違いの事をそれは話した。アクタベは喉の奥から嗤い出しそうになった事を堪えた。
 やはり、それはとても滑稽で憐れみの対象であるように思えた。何故ならば、直ぐに自身の思った事と他人が考えている事を率直に繋げるからであった。アクタベはそれとは違う、全く異なった物を考えていた。
 それが自然の現象について考えていたものであるならば、アクタベは人間の歴史の現象について考えていた。
 自然と人間、それは同じ世界の中にあるものであっても、やはり切っては切り離されるものであった。
 アクタベは考える。自然は神が最初に作り賜わられたものであり、人間は神が物足りないからと言って作られたものだった。アクタベはそう言った、神とか何だかと言った物に頼って、そのまま信仰心を持ち続けると言う事が嫌いであった。いや、そう言った事に頼り切って、自我と言う存在ですら投げ捨ててしまう程の哀れな存在が嫌いだっただけかもしれない。
 アクタベは一息を吐く。そしてそれに向かってズタボロに切り裂く言葉を投げた。

「違ぇよ、阿呆。」
「阿呆って何だよ、阿呆って、もー。…あ、そう言えば。この度の報告書、どうする?」
「どうもこうもねえだろ。手前ぇの勝手に書いてけばいいだろ。」
「何だよ、その投げやりな物言いって…。……ってか、何時もアクタベさんとかさくまさんの直しとか訂正が入るからこそ言ってる癖にいー…!」
「…馬鹿か、手前ぇは。俺達に出す方がマジで意味分かんねえもんだから言ってんだよ。」
「…でも、依頼人に全部説明したら、分かってくれたよ?」
「そりゃ、手前ぇが呑気そうに馬鹿正直に情報の開示をしているからだろおが。阿呆。こっちに対しちゃ、限られた情報の開示しかしねえ癖に。」
「む。そ、そりゃそうだけどさ……でも。そう馬鹿正直に開示してるわきゃないんだけどなぁ…。」
「知ってる。」

 アクタベは吐き捨てた。「なら最初から言うなよ…」とそれは拗ねたように唇を尖らせた。アクタベはそれの横顔をチラリと瞬目して見た。それはまるで、自分の取り越し苦労ではなかったではないか、馬鹿野郎と物語っているように見えた。アクタベはそれを嘲笑う。「な、なんだよ、もー…!」まるで図星であったかのようにそれは慌ててアクタベに反論する。身ぶり手ぶりを行う。アクタベはそれを鼻で嗤った。
 もしかしたら、それがずっとあの時と同じ状態のまま、一切の情報の開示をしなければ、このように鼻で嗤う等と言う事は無かったのかもしれない。以前は、そうされてすらもそうしなかった癖に。アクタベは無関心を装っていた以前の自分を思い出しながら、嘲笑った。無関心を装った蓋を開ければ、警戒心と不信感のみがそこにあった。
 アクタベに嘲笑いもされるそれは、砂浜を歩く。
 黒いストッキングについた砂粒に漸く気付いたのか、それとも靴に入ったそれに気付いたのか。小さなヒールの付いたそれを脱いだ後、片足でトントン、とその靴の中に入った砂粒を取ろうとした。
アクタベはそれを見る。よくもまあ、器用に片足で立てるものだ、とそれの普段の動きを思い出しながら思った。
 普段はよく転げそうになったり、何かにぶつけそうになっていた。だが、やはり仕事の時と普段の時とは違うのらしい。
 アクタベは靴を脱いで履こうとした先に、上げていた片足を物の見事に砂の中に突っ込んだそれを見た。気付いたのらしい。とても残念そうに口を馬鹿みたいに開けて眉尻を下げたそれが、俯いて砂浜に突っ込んだ自身の片足を見ていた。「阿呆か」とアクタベは毒を吐き捨ててから、それの片手を取って、黒いストッキングに付着した砂を払ったり、靴を履いたりとした手伝いをしてやった。だが、やはり、その支え棒になる、と言う事位しかしなかった。
 アクタベは思い出す。そう言えば、それの祖父母や血縁と言ったものはどう言ったものであろうかと思い出すものの、やはり今一、思い付かなかった。何より、これはどうも、とっつかみにくい。アクタベはそれの書面上の知識と情報を思い出す。血は繋がっている、血縁に間違いはない。だが、どうしても血縁故に、や、その遺伝子や環境や育成の背景が似通っているにせよ、それだけでは説明できない所が、多々あった。アクタベはそれの痕を折った。飽きたのらしい。それは流れ着いた枝を手に取って、砂浜に何か描いていた。

「海外から流れたのかな、これ。何か、感触が違うよ。」
「何も召喚するなよ。」
「何だよ、も、も、も…!そ、そ、そ…!こ、好奇心でないかなぁ、なんて、ここ、好奇心から!き、きき…ないよ!」
「馬鹿だろ。」

 アクタベは吐き捨てた。物の見事に、何と間ぁ、分かり易い図星の現れ方であった。アクタベはそれの、顔を背けながら吃るそれを見ながら、溜息を吐いた。それの描いた召喚の陣が波に消されて行く。もしくは、何かしらの魔術的な効力を持つ魔法陣であったのかもしれない。アクタベは溜息を吐く。一体それが何をしたいのか、アクタベの見当には付かなかった。そう言えば、と仕事の時を思い出す。あの時、柄にもなく、その普段とは違うシャツの色が似合っている事と褒めれば、それはとても嬉しそうに微笑み、「なら、これを普段の色としようかな」ととても嬉しそうに尋ねて来た。勝手にしろ。アクタベの中で答えはそうと至極明瞭快活に心の底から出ていたが、どうも言葉から口へ舌へと運び出す事は出来なかった。「そうだな。」と暫しの間を経てから舌に置く事しか出来なかった。アクタベは思い出す。海淵の塩に足を汚されたそれが「冷たい」と言いながら足を払った。アクタベは溜息を吐いた。そもそも、海岸に打ち付ける波に爪先を付けると言う時点で、その可能性の兆しはあったのだ。その簡単な事も分からんのか、阿呆。と、アクタベはとても呆れたように、心の底から溜息を吐いた。だが、何故か、あぁ言った仕事の時に見せる社交辞令の笑いよりも、台所に立って自分に話しかけ、他愛のない会話をして話を弾ませると言った方がとても好ましいと思った。だが、アクタベにとっては過ぎた願いだと感じていた。アクタベはその願いを一切合切、自身の身に叶わない願い事だとして、投げていた。門前払いをして、一切寄せ付けないようにしていた。
 そうアクタベが願っているにも関わらず、それは物の見事に、哀れにも、それをしたいと願う。
 アクタベは一蹴をした。だが、それはものの見事に願った。だからこそ折ろうとした。だがそれは折ろうとした行動にもめげず、それを願い続けた。アクタベは一蹴を続けた。だがそれは抵抗を続けた。それが、今の結果に落ち着いたと言う訳でもあるが、未だにその結末は分からなかった。

「阿呆。」

 アクタベは瞬間に言い放った。憐れみと怒気と毒と嫉妬の情を向けられるそれがアクタベに振り向いた。とても驚いたように、まるで訳の分からないと言うように、自分の頭の中で考えた事が見透かされたのではないか、と驚き慌てふためいたように、アクタベを見た。だが、アクタベはそれとは一切合切無関係な事を考えていた。アクタベは怒気を抱くよりも先に。それは魔法や魔術に関する事を考えていた。そして、それはアクタベにとってはとても馬鹿らしくて、「阿呆」と蹴られる事であろうと考えていた事であった。この、無意識の符合と言うものがとても多大だった。アクタベは思う。もしや、それさえなければ自分達はこうしてはいなかったのであろうか。アクタベは途方もない、たった一瞬の間違いで途切れる自分達の糸の脆弱さに気付いた途端、怒りに任せてそれの腕を掴み、塀とは遠い、それへ向かってそれを砂浜へと投げ捨てていた。それの持っていた木の枝が海の方へと投げ捨てられ、アクタベによってそれは海へと遠ざけた。全てを淵へ、海底へ、沈みこませる事も出来る荒々しさを持つ海から、アクタベはそれを遠ざけた。それと同時に、自分達の脆弱さが、たった一度の誤りだけで途切れると言う脆弱さにアクタベは腹を立てた。憐れみも怒気も怒りも嫉妬も何かしらの訳の分からない感情を向けるそれの襟首を掴んだ。塩もいらない、毒気もいらない、くどさもいらない、だからといってあっさりとした薄い味もいらない。アクタベは怒気を吐き捨てた。それは驚き、見捨てられたように目を見開いた。アクタベはそれに益々怒りを吐き捨てた。アクタベの口から怒りが吐き捨てられる。それは驚き慌てふためいたものの、アクタベの手を取って、落ち着くように言う。だが、やはりそれもアクタベにとって怒りを誘うものでしかなかった。毒をアクタベは履き捨てた。それはとても傷付いた顔をした。
 アクタベは侮蔑の言葉と共に悔恨の言葉を吐き捨てた。「クソッ。」アクタベの吐き捨てた言葉にそれは眉尻を下げ、瞼を伏せる。そして襟首を掴み上げるアクタベの手を弱弱しく包んだまま、震える声で言うのだった。
 アクタベはその震える声を耳にした後、怒りに震えて、その預けられた胸元に刺された花を握り締めた。悔恨も侮蔑の言葉も向けられたそれが驚き慌てたように目を見開き、アクタベの行動を見た。怒りに震えるアクタベの手がその胸元に飾られた花を握り締め、見るも無残な哀れな姿へと、その花弁を役に立たないものへとした。
 アクタベの掌に、その花弁の色素と植物の汁が付着した。だが、アクタベはそれにも気にせず、その襟元を掴み、その首元、肩、鎖骨に寄り掛かった。アクタベは毒気を吐く。それは一時の迷いだとして自身に言い聞かせた。どうせこいつも死ぬのだ。そう自身に言い聞かせたものの、やはりあの、普段の行いを見てしまうとその自信はいとも簡単にへし折られてしまうものであった。
 アクタベはその調子を崩すそれに悔恨と侮蔑と怒りと毒気の言葉を吐き捨てた。だが侮蔑と悔恨と毒気と怒気を向けられるそれはアクタベの肩を包もうとした。だが、躊躇った。アクタベは心のどこかで、それがいい。と思った。そうすればこれと離れられる決別が出来る。敷居が出来る、壁が出来る。アクタベはまた、あの関係に戻り、修復が出来ると言う事に安堵と共に喜びの情が勝った。だが、それの手が背中に回った途端、アクタベの決意が揺らいだ。アクタベは悔恨と侮蔑と怒りと毒気の言葉を吐き捨てた。だが、それはとても心地のよさそうに目を閉じ、微笑むだけだった。アクタベはとてもそれを、腹立たしく、嫌うのだった。

「…おい、こら。馬鹿女。」
「えー…なにー…?折角アクタベさんの嗅いで落ち着いてるって言うのに……あ!聞くけど!しっかりと聞くけど!そりゃあね、勿論!ちゃんと聞くさ、ああ、聞くさ!だから言ってよちゃんと言ってよ!さああ、さあ!ほら、わ」
「マジでぶち殺すぞ馬鹿女。」

 アクタベの口から自然と皮肉と毒気の交った言葉が吐き捨てられた。だが、普段と変わらぬその反応を見れた事に落ち着いたのか、アクタベはその肩から額を放し、体を離す。それは名残り惜しそうにアクタベを見た。だが、その心中を簡単に予測できたアクタベは、それがとても馬鹿らしい、どおしよおもない阿呆で馬鹿げた事から出た事であると分かったアクタベは、毒気と共に眉間を顰め、溜息を吐いた。アクタベの指がその顰められた眉間に伸びる。それは、それすらも名残り惜しいのか、それともその表情の変動すらも惜しいのか、「えー…。」と拗ねた。アクタベはそれすらも「阿呆か」と呆れた溜息と共に吐き捨てた。

「そう言えば…今晩の飯は何だ。」
「え、それ?今更それすらも聞くの?聞くのッ!?帰ったらお風呂かごはんかそれとも…って言うのが無しに聞くの!?」
「…それともって何だ、それともって。」
「え、ごはん。」

 アクタベはその即答に、怒りを込めてぶん殴った。アクタベはその額か米神に向かって拳を振った。それは物の見事に、額と米神の間に入った。アクタベはそれをまるで振り子のように振らせた。
 アクタベの一撃で、両足で軸を使って、頭諸共体を揺り動かされたそれは額を片手で覆いながら体勢を立て直した。そして揺り動かす視界を一旦、まだゆらゆらと揺らめいているものの、立て直した後、口を開いた。

「んー…和食?なんだそれは、何て言わないでよね…。特に何も決まってないんだから……あ!川魚はNGね!勿論!」
「なんでだよ。」
「だって、最近危険だって言うし!やるなら、海外だね!」
「知るか。」

 アクタベは暗に「海外旅行に行こうよ!」と言う誘いの建前を折った。アクタベに建前を折られたそれは「えー」と頬を膨らまして片腕を振った。片手は拳を作っていた。アクタベはそれの可愛らしい反抗心に呆れた溜息を吐いた後、それを却下するように、その拳を作った手首を手刀で折った。「いたっ!」手首を当て身されたそれはジンジンと手首から来る痛みに声を上げた。
 アクタベは思い出す。そう言えば、と以前さくまが事務所に置き去りにした小説の類を暇潰しの一つで、勝手に読んだ事を思い出した。それは現実にはあり得ないと一蹴できるような少女の夢見事で構成された話であり、ズッシリと並ぶ本棚の中で、ありふれた話のように思えた。アクタベはそれになぞって自分達を見るものの、全くそれとは真逆のように思えた。第一、もしそれがその少女の夢見事の反応や話を出せば、真っ先に自分の手が出るからだった。アクタベは真っ先に、それを口から出したそれの頬に、一発拳を入れている所を思い出した。確か、ポッと頬を赤らめて、その少女の夢見事の描いたお話とは違うものの、それと同じような悪寒を思い出し、直ぐ様手を出していたのだ。頬を殴られたそれは瞬時に受け身の体勢を取っていたものの、やはり痛いのか、殴られた頬を押さえながら反対する姿勢を出していた。そして買い言葉に売り言葉、その売った言葉に乗って、アクタベはお望み通り反論に出てやる事にした。
 自身が負けた事に対して悔やむように、それが泣いていた事を思い出した。だが、それは互いに遊びの一環としてやっていたものであったから、特に気にする事もなく、アクタベは手を出したり乗ったり、勝負事に取ったりした。アクタベに決戦を挑むものの、それは悉く破れた。やはり、惚れた弱味であろうか。一体それがどちらともなく、どちらかどのような寸陰の差があってそうなったのかも知らず、脳中に思い浮かぶ事もなく、アクタベはそう思う。
 アクタベは気紛れに任せて、それの名前を呼ぶ。「何?」とそれは帰ろうとした矢先に振り返って、アクタベに尋ねる。そう言えば、もう夕日が沈む頃であったのであろうか。アクタベは背に、沈む夕日の熱を受けながらそう思う。もう、霜が降り始める頃合いになった。だが、今回は温かな夕日を照らしていた。アクタベの目が濁る。それはその濁る目に惹かれたかのように、呆然とそこに立ち尽くしていた。
 アクタベはその胸元から毟り取って握り締めて、物の見事に哀れな程までに汁を絞り取られて枯れた花弁を踏み潰した。花弁が砂浜に沈み、蟻地獄に待ち構える虫に喰われる蟻のように、悲しくも植物の瑞々しさを殺されて乾いた砂の中へと殺された。
 アクタベはそのネイビー色のシャツの襟首を掴んで引き寄せる。そう言えば、これにこの色が似合うと言ったのも、ただ単に自分と似ている、と思ったからに過ぎない。とアクタベは思った。その襟首を掴んで引き寄せると共に、根こそぎ奪うと言う点に置いて、そのノートパソコンを壊した事を思い出した。拳を画面に突き通した。何気にピリピリと電気が拳を突き刺して痛かった事を思い出した。その壊した理由は至極簡単で、自分がそこに映っていたからに過ぎなかった。そして、データーに保管されたそれを愛おしげに見るその姿に、腹が立っただけにしか過ぎなかった。
 アクタベは角を折って、熱帯魚の悠々と泳ぐ角部屋に滞在する水槽に閉じ籠めた事を思い出した。何よりも、外部に出したく無かったと言うのが本音であった。
 アクタベはその口元を覆い隠す。それの口から漏れ出る言葉はアクタベの舌や口内に覆い隠され、喰われた。どんなに思想の統一や統制、支配を施そうとしても、まるで防水加工を施したノートのように、その頭の中に刻まれた文字は消えなかった。アクタベはその口を覆い隠す事を止める。口元を解放されたそれは、呆然とアクタベを見る。アクタベは言葉を吐く。それが嘘偽りのものであるかどうかと言う事は、もう既に分からなくなっていた。だが、それが一番、これを手中に収め、支配をするには簡単なものである、と言う事には変わりがなかった。事実だった。

「愛している」

 アクタベの口からそう吐かれるものの、それは本来、それ自身にとってとても喜ばしいものであるし、微笑みを零される尤もらしいそれらしい理由の一つのようにも思えたが、それはただ、クシャリと顔を歪ませて泣きそうな顔でアクタベに向かって微笑むだけだった。アクタベはその瞳の奥に見える殺意を見る。アクタベには分かっていた。その奥に、歪んだ、歪な思想の像も支柱が立っていた、と言う事も。
 アクタベは自身の手中にある手綱かその奥底に潜む殺意を支える支柱や歪な歪みのどちらかが勝るのか、確かめるかのようにまた口付けを一つした。それは思想の歪みに耐えるかのように、アクタベの腕を掴んだ。アクタベの腕に爪を立てた。愛しい事には変わりはないけれども、抑圧を掛けた歪んだ思想を解放する鍵の一つにはなっていた。
 アクタベはそれに、確認を掛けるかのように尋ねた。自身の目を見て、突き刺すように真っ直ぐと、間隙すらも縫うように細長い針のように突き刺したそれに、それは困ったように笑うだけだった。
 一言二言放とうとする唇は震えて音の形を作ろうとするものの、言葉を放つ通気孔を縫い付けられたかのように、それは細い息を吐くだけだった。
アクタベは息を吐く。鼻で息を吐いた後、視界の端に見えた、埋まった貝殻に手を伸ばした。まるで自分に酔うなと言わんばかりに、アクタベはその鋭く尖った、欠けた貝殻をそれへ投げた。それはヒョイッと首を反らして裂けた後、その貝の着地を阻害するかのように片手を上げて、受け止めた。その掌に微かな痛みが走る。走るものの、特に血が出ると言った事はなく、ただ小さな窪みが出来ていたと言うだけだった。
 飲みこまれる歪な思想に酔った、アクタベの手中に置かれるか置かれないかと言った間隙にヤジロベエのように立つそれは、投げ出された貝殻をジッと見ていた。


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曰く、に提出。
駄文で失礼致しました。



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