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▼ ストレスD(最後)



※ストレス1 2 3 4

朝起きていつものようにトーストとヨーグルトとハムエッグと野菜ジュースを用意する。俺は朝からこんなに食べられないから、…若いっていいな。
「起きろ、もう10時だぞ。」
「………」
「哲。」
寝室に哲司を起こしにいく。いや一睡もしてないのは知っているから正しくは呼びにいく。哲司は布団に丸まってぼんやりとしていた。
「哲。起きられるか?」
哲司の口がゆっくり開いて、止まる。
「…兄ちゃん、」
「ん?」
その目は空に向けられているのに、口だけが動く。少し異常に見えた。抱きしめてやりたくなった。
「俺、いなくなったら、ご飯つくんなくていいし、ベッド、広く。ね」
哲司はそういうと起き上がった。自分に言い聞かせているようだった。俺も同じことを自分に言い聞かせていた。
「そうだな。」
最後だと自分に誓って、抱きしめた。この先ある若者に、俺が一体何をしてやれるんだ。寝起きで火照る体、この家族ごっこもこれでおしまいだ。



「こんにちは、」
「はいはい。ごめんなさいね、迷惑かけちゃってー!あの子ワガママだから大変だったでしょ?はいこれ!お土産!」
挨拶もそこそこに哲司を迎えに来た母親はまくし立てた。なんの説明もせずに、どこか旅行先の菓子を渡してくる。ワガママどころか、言い返そうとして止めた。何も伝わらないだろうと予想がついたからだ。
「ほら哲司!帰るわよ!ぐずぐずしない!本当鬱陶しいわねー、あと外に新しいパパ来てるから、しゃんとなさい!あんたろくに何もしないんだから、ママとパパの仲悪くしないでちょうだいよ!グズ!」
挨拶もろくにしない。自分の息子を他人に任せてろくな礼も出来ない。息子の気持ちを理解をしようともしない。他人の前で口汚く息子を罵倒する。
初めて、生まれて初めて、怒鳴りつけたい気持ちを抑えつけた。哲司はぼんやりと女を見ていた。
「………」
両親が云々。学校が云々。将来が云々。血が云々。結局これって俺の、この女に「弟」を任すために正当化された理由付けなんじゃないか?俺が哲司を背負うことが出来ないから、…いや、いやいやいや否、何故俺が哲司を背負う?哲司は無事母親のもとに戻れて、幸せじゃないか。俺の1人よがりの自己満足の偽善だ。何様だ。哲司が望んだのか?あいつをそれを口に出来るか?汲んでやれないのか?俺しか、いやだから、

そうこうしてる間に部屋を出ようとする女、哲司。哲司は最後、振り向いた。
「………」
てっきり泣いているかと思っていた。が、哲司は泣いてなかった。寂しそうに笑っていた。
「ありがとう。兄ちゃん、……バイバイ。」
手を振って前に向き直る。肩が震えていた。一丁前な強がり。ドアへ向かう、哲司が。
「あっ、」
賛否両論。何様、だとしても気づいてしまった。俺は気づいてしまった。

哲司の手を掴んだ。
「兄ちゃ、」
哲司の息がつまる。口を開こうとした瞬間、部屋に派手な足音が響く。
「なにやってんのよ!速く来なさ、っ!」
いい音だ。俺は、様子を見に部屋に戻ってきた女の真横、

その壁に頂いた菓子を思いっきり投げつけた。

「なっ、なっ、な…っ!」
口をパクパク開く女。哲司も目をまん丸に開いた。ああ食べ物無駄にした。女に威圧をかけてしまった。冷静にならないと。色んな感情で手が震える。
気づいてしまえば、簡単だ。全ては俺の願望だ。俺は寂しい。哲司がいないのは寂しいんだ。その子供染みた感情だけだ。その為に、哲司が幸せになれるよう全力を尽くす。それが幸せになるのか答えにはならないが、俺の一方的で短絡的な結論は一気にそこに落ち着いた。
「なぜ連れて行くんです?ここに預けておいた方が、新しいパパと仲良く出来ますよ?」
「そっ、そんなっ、あんた馬鹿なの?私の可愛い哲司をっ!連れて帰るのは当然よっ!?理由なんていらないでしょっ!?」
頭が一気に冷えてくる。こんな長期間放置して、よく可愛いとか口に出来る。
「そうですねー、例えば前の前のパパに、哲司を放置していたのがバレたんじゃないんですか?それで養育費が止まった。とか?その為に。とか?」
「っ!!」
女の表情が変わった。そんなところだろうと思っていた。やっぱりか。哲司は状態を理解出来ずうろたえている。見せるんじゃなかった…。早く腹をくくれば良かった。今更どこかに行かすことも出来ない。
「こ、子供育てたこともない男にゴチャゴチャ言われたくないわ!帰るわよ!哲司!」
「待って下さい。私は毎日哲司と一緒にいました。貴女がいなくなって、哲司は凄く心が不安定になりました。病院に連れていったこともあります。記録もあります。他に父の証言もあります。
この証拠を、前の前のパパに言ったらどうでしょう?養育費どころか親権も危ういんじゃないですか?もう連絡はついてます。」
半分はったりだ。
連絡はついてないが、現状を知った前の前のパパはもう動いている。それに上のものを送って話をするだけだ。

「う…!何よ他人のくせに!何他人のガキに本気になってんのよ?
ね、哲司。哲司はママと来るわよね?前の前のパパにママといたいって言ってくれるわよね?ねっ?」
初めてこのみっともない大人たちの話に、哲司が引っ張り込まれた。おろおろしたまま、現状を把握しようとしている。
その額に自分の額を合わせて、みっともない自分の気持ちを伝えた。
「哲。」
「ん、ん?え、なに?」
「哲は誰といたい?
ママといたいなら俺は止めない。俺は寂しいのと同じくらい、お前に幸せになって欲しいんだ。馬鹿みたいだけど、本心だから仕方ない。
でも俺といたいなら、俺は凄く頑張る。俺は哲司と一緒にいたい。」
「哲司!ママと来なさい!」
女の金切り声が聞こえる。哲司は俺の目を今日初めて見た。
「お、おれ、」
「哲司!ママの言うこと聞けないの!?」

「…お、おれ、は、兄ちゃんと、……いる。い、いたい。
兄ちゃんがいい…。…にっ、兄ちゃんがいい!一緒にいる!行かない!兄ちゃんといる!」
そう抱きついた。



ひとまず元義母は帰っていった。哲司は変わらずべったりくっ付いて離れない。
「兄ちゃん、」
「うん?」
「俺ね、兄ちゃんがいれば、それでいい。」
哲司が来たばかりの時、同じようなことを言っていたか。俺はその時相槌を打った。今俺はその頭を撫でる。
「俺もだ。哲司がいれば、それでいい。」


おわり







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