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▼ ストレスA(小スカ)



ストレスの続き

弟はやはり尿意が感じとれないらしく、それから俺は弟を2時間おきぐらいでトイレに連れて行った。そのせいか、その日弟はそれ以降漏らすことはなかった。
だが弟はストレスにより寝つきも悪くなったのか、ついに一睡もせず朝を迎えたようだ。恐らく、おねしょの不安もあってだと思う。夜中も2時間おきにトイレに向かっていた。一緒にいてやりたかったが、俺は昨日今日と朝早かった為、気付いたら寝てしまっていた。弟の腫れた目を見て、酷く後悔した。
「10時までには帰るから。
ご飯は昼と夜、ちゃんと食べろよ。冷蔵庫に入ってる。
あと家に友達を呼んでもいいぞ。遊びに行くなら、ちゃんと鍵を持ってな。あとそれとー…」
「うん………。」
弟は疲れた様子で頷いた。弟は今夏休みで家にいるが、俺にそんな長い休みはない。出かける支度をしながら、思い付くことを注意する。こんな状態で一人家に置いていく事に不安はあったが、実際問題誰に頼むことも出来ない。飯は食べるし、トイレは一応行くし、早く帰ってくれば問題ないはずだ。
「………」
「見送りありがとうな。」
弟は玄関まで見送りに着いてきてくれた。お礼を言うと弟は俯いて、何か言いたそうだった。もじもじと裸足をすり合わせている。
「………」
「…じゃあ、行くからな。」
そう言うと弟が俺の腕を掴んだ。その表情は必死で、まるで今生の別れのようだった。腫れた目と何も言えないその口に、俺はうっと心臓を掴まれたような気がした。
「…兄ちゃ、」
「………」
弟は、どうしても一緒にいて欲しいが、どうしても迷惑はかけられないというように、次の言葉が出てこない。結局、俺が本当の兄ちゃんじゃないからだ。俺は弟のジレンマが悲しくて、抱き寄せた。
「兄ちゃん、すぐ帰ってくるから。10時までテレビ見たりゲームしたり、」
「………」
弟はしがみついて、俺の腕の中でゆるく首を振る。鼻をすする。分かってる。そうじゃないんだよな。ただ、これはドラマや小説じゃないから、俺はただのしがないサラリーマンで、現実はこういう状況で弟の為に仕事を休むのは難しい。今度は自分にジレンマが跳ね返ってくる。俺はひとしきり弟を抱きしめた後、自分からそれを剥がした。
「…っ………ふっ」
「………行ってくる。」
弟は俯いていたが、あまり見ないようにした。



俺は仕事をさっさと済ませて普段より早く帰路についた。人の目が冷たかったが、やる事はやった。途中で甘いものを買って、喜ぶかなと笑みがこぼれた。自宅マンションに着くと、エレベーターを待つのすらもどかしかった。
「ただい、ま…。」
玄関の扉を開けると、俺は少なくとも3つの事に驚いた。まず1つめは弟が玄関で待っていたこと。2つめはその弟がそこで眠っていたこと。その手には携帯があり、床にはゲーム機が置いてある。よもやずっとここにいたのではないだろうか。3つめはその弟がおねしょしていたこと。正直夜尿は大人でもストレスでなりうるので予測はしていた。
「………」
とりあえず弟を傷つけないよう、玄関に広がるおねしょをこっそり片付けることにした。床を拭いた後、弟の部屋着に手をかけると流石に弟は起きてしまった。
「……ん…、なん…?あ、兄ちゃん……」
弟は最初ぼんやりとしていたが、おねしょに気づき、またいたたまれないように俯いた。気にさせても可哀想なので、努めて優しく話しかける。
「ただいま、待っててくれたのか。」
「………」
弟はもじもじと指を動かし、それを唇ではんだり、視線をあちこちに動かした。精神的に、指は噛ませたままの方がいいのか止めさせた方がいいのかも分からない。それを丸ごと抱きしめる。
「ただいま。兄ちゃん帰ってきたから。もうこれからは哲司との時間だからな。」
弟の額に自分の額を合わせて話しかけると、弟の雰囲気が少し柔らかくなった。うんうんと弟は頷いてすり寄ってくる。
「兄ちゃん、おかえり。」
「ただいま。」



弟を風呂に入れ、やる事を全部さっさと済ませた後は、ひたすらベタベタと甘やかしたりスキンシップをとって、誤解を恐れずに言えばイチャイチャした。ただそれは恋人のものとは違う。そこにあるのは、親愛の情かもしくは同情か依存。それでもこのただただ甘い時間が何かの足しになれば、と思う。
「ほら、脇腹ー。」
「ひゃははっ!やぁっ!兄ちゃん、やぁ、だっ!へへっ、」
弟はマッサージしてやったり、くすぐったりすると、小さい子供のようにはしゃぐ。純粋に接触が嬉しいのかもしれない。しかしこの不思議な甘い空気は、弟とも家族とも微妙に違う気がした。弟は見た目がもう子供でない分、なおのこと不思議だった。恋人よりはくだらなくて家族よりは甘い、少し楽しかった。
「あー、兄ちゃん、もー、へへ、んーんー。」
少し固かった弟の表情や体もほぐれ、甘えるようにこちらに纏わりついてくる。それを見て、頭を撫でてやりながら本題に入った。
「あのな、」
「ん?」
弟はまだ何かする?と期待のこもった目を向けてきた。少し躊躇ったが、色々な負担を考え切り出した。
「多分、今の状態から見て、夜尿ははっきり言って避けられないと思うんだ。それが悪い訳じゃないが、それを気にして眠れないなら、哲司にとって凄い負担だろ?だから」
「………」
突然俺がおねしょの事を切り出したので、弟は黙ってしまった。席を一旦離れ、お土産と一緒に買ってきたドラッグストアの袋を持ってくる。
「今は結構大人でも夜尿する人はいるし、ほら、これなら大人用だからいいかと思って。」
「………」
袋の中に入ってるのはもちろんオムツで、弟はそれを見てまたぐずぐずと憂鬱な表情になった。
「なぁ哲司。」
「………や、だ。それ、赤ちゃんのだもん…。」
弟は首を横に振る。大人用だということは弟には問題でないらしい。おねしょを気にして眠れないよりは、おねしょしても寝た方が精神衛生上いいと思うし、オムツをしていれば視覚的にも手間の面でも問題ない。
実際弟が嫌がるとこまでは予測済みなので、更に一歩進める。
「哲司。俺のベッドでベタベタしたまま寝たいだろ?」
「!う、うん……。」
弟もオムツが一緒に寝る交換条件だとわかったのか、考える表情に変わった。少しズルいかとは思うが、他に寝かしつける方法も思いつかない。俺が一緒に寝てやれば、人が近くにいる安心感で弟も寝てくれるかもしれない。
「な?」
額と額を合わせもう一押しすると、弟はこくっと頷いた。
弟はオムツを眺めてまた躊躇った表情をしたが、それをちゃんと部屋着の下に穿いた。




「ほら、おいで。っおわ!」
ベッドに座って弟を呼ぶと、そいつは思いっきりこっちに向かってダイブしてきた。スプリングが派手に軋んで、楽しそうな弟に苦笑する。
「へへ、おんなじベッド、」
「はいはい…ほら、肩まで布団かける。」
ベッドの上でまたベタベタと足を絡ませたり、抱き寄せあったり、一見すると何か関係があるようなスキンシップをとった。
「兄ちゃん、」
「うん?」
ベタベタして満足したのか、弟の目はとろんと眠そうに細められている。楽しくて寝たくないだけ、それでもはしゃいだ分瞼が下がっていく。
「俺ね、兄ちゃんがいれば、それでいい。」
「………うん。」
俺はそれにそうとしか答えようがなかった。こんな事言わせるべきじゃなかったと少し考えてしまった。しばらくすると弟の寝息が聞こえてきたので、俺も目を閉じた。


おわり





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