※暴力、血表現有り
あぁ、気持ち悪い。
なまぬるい液体が頬につき首もとを過ぎて衣服へとついた。なるべく返り血を浴びないようにしたつもりだったけど吹き出した血がべったりとついてしまい露になっている肌につき鉄臭いにおいが漂っている。人間の体って言うのは動脈さえ切ってしまえば鮮明な血が吹き出し、大量出血で簡単に死んでしまう。人体の大切な箇所というのは厚い皮膚に覆われていたりするけれど躊躇いなく、いっそ一思いににザックリと刺してしまえば案外呆気ないものだ。
学園の壁を越えて自室がある長屋へと足を向けると気配を感じた。思わず胸元に隠してあるものに手をかけそうになり、そっと元に戻した。愛しい人の気配さえも分からなくなってしまうなんて自分が思っているよりも体は疲れているようだった。
「三朗、お疲れ様」
「ただいま、雷蔵」
久しぶりに聞いた雷蔵の声は優しくて、どこか寂しげで振り向いて抱きついてしまいたかったけれど今の自分の姿は返り血や汗や埃で大変汚れている。血がぬるぬるして気持ち悪い。本当は殺すつもりなんてなかった。だけど予想外な事態というやつに遭遇してしまい、やむを得なく、だ。別に初めての経験ではないがやはりよい気はしない。絶命する瞬間の人の顔ほど恐ろしいものはないと私は思う。
「なんでこっち向いてくれないの?」
「………」
こんな汚い姿で雷蔵に会いたくなかった。
雷蔵は白い。
白というのは肌とかそういうものではない。純粋というべきか。いつだって優しく私に微笑んでどんな姿でも受け入れてくれる。
そんな雷蔵にこんな赤黒い色等似合わない。そのまま、ずっと。この先も雷蔵が他の色に染まることなんて私自身が嫌だった。
「三朗、」
「…!」
気がつくと腰に手を回され雷蔵が後ろから抱きついていた。あぁ、ダメだ。汚れてしまう。雷蔵が、汚れてしまう。
頭では分かっていながら体が言うこと聞かず黙ってされるがままになる。
「僕にこうされるの嫌い?」
「…!そんなわけない!!ただ…汚れてしまうと思って」
「そんなのかまわないよ。それより怪我は…してないみたいだね」
「あぁ…」
「湯浴みいこっか。部屋から三朗の着替えとってく…わっ」
「…」
白にじんわりと色がついた。
あぁ、汚れてしまった。
でもずっと、こうしたかった。
急に腕を引っ張ったせいかバランスを崩しそうになったがそれよりもはやく私の胸へ引き寄せ抱きしめた。久しぶりの雷蔵のにおい、あああ、体が疼く。
唇をそっと合わせるだけのつもりがいつの間に舌を絡ませていた。このままここで…とうっすら邪な考えが頭を過ったが、誰が来るかも分からないし邪魔をされるのも癪なので惜しみながら唇を離した。
「雷蔵」
「なあに?」
「シたい」
「もう、帰ってきていきなりそれ?」
「雷蔵に触れたい」
「…僕も、三朗に触れたいな」
鼻先がかすかに触れもう一度唇を合わせた。
先程まで雲間からちらちらと顔を出していた月が隠れ私たちの姿は闇へと紛れた。