第五話


この世に永遠のものなどない。
現世に身を置いて幾世になれど、物事にはいつか終わりがくる。
俺には、それがよく解る。
まして、人の命の如何に短いことか。

『…なれど、最後まで仕えよう、主よ』

戦国の世が終わり、刀の時代が終わり。
歴史上最も美しい刀として博物館に所蔵され、もう二度と日の目を見ることはないと思っていた。
そんな俺が人の身体を得て、この世を再び生きるのも、また一興。
初めて自らの意思で膝を折り、この若く美しい主に俺は忠心を誓った。

お仕えする、貴女の命が費える、その日まで。

その心は、今も変わらない。
だが主と過ごすうち、道具として愛でられることに、飽いた。
人の身体を得て、俺は欲張りになってしまったらしい。

『私はね、劇的な人生なんて望まない。たとえ普遍的でも、退屈でも、人として当然の幸せが欲しい』

そう語った揚羽に、俺は意味がわからず首を傾げた。

『審神者の台詞とは思えんな。…して、お前の望む幸せとは何だ?』
『いつかわかるわ。貴方が人であれば、いずれ』

誰かを愛し、愛される。
それが如何に困難で、欲深い望みであることか、今の俺にはよくわかる。
だが同時に、人として当然の、あまりにありふれた願いに過ぎぬ。
そう、三日月は願ってしまったのだ。

この人の仔として生まれた女に愛し、愛されることを…



天下五剣、大典太光世が来たと本丸では専らの噂となった。
誰もが興味を持ったが、伝承通り大典太の霊力は半端ない。
なかなか近づける者もおらず、その姿を確認できないため噂のみが飛び交った。

大典太光世は身の丈二メートルを越える巨漢だとか、悪鬼さながらの風貌をしているとか…

内心気が気じゃないのは三日月で、同じ天下五剣の顕現に何か揺らぎのようなものを覚えて臍を噛む。
ここ数日主は部屋に篭りきりで姿も見えず、近侍にすら呼ばれない。
意を決し主の部屋のドアを叩こうとして、不意に内側から開いた扉にはっとする。

「あら、三日月…」

覗いた白い美貌に、三日月は一瞬動揺した。
だが引くわけにもいかず、咄嗟に微笑みを浮かべると主を見据えた。

「ちょうど良かったわ。貴方に紹介しようと思っていたの」

そう言って扉を大きく開けて三日月を招き入れる揚羽に、遅いのではないかと一言嫌味を言ってやろうかと思ったが。
室内に静かに佇む男の姿に気づき、そちらへ視線を向ける。

「三日月、紹介するわね。大典太光世、貴方と同じ天下五剣で…」
「知っている。豊臣秀吉から前田利家に贈られた、前田の宝刀…病を払うと言われた霊刀だ」

揚羽の言葉を遮り三日月は言うと、ソファーに座る大典太に冷ややかな眼差しを向けた。

「…そんな立派なものじゃない。ご大層に蔵の中にしまわれてただけだ」

大典太がひたりと静かな視線で三日月を見返した。
その血のような赤い双眸は、見る者を畏怖させるには十分だ。
だが肝心の風貌は、悪鬼と呼ぶには程遠い。
影のある面差しは貧相に痩けていて、頬骨がくっきりと浮いている。
色素の薄い髪は無造作に伸びて顔半分を完全に隠し、ギラギラと鋭い切れ長な目だけが、前髪の隙間から三日月の様子を窺っていた。

「三日月、大典太は顕現したばかりで現世に慣れていないから、いろいろ教えてあげて欲しいの」

そう言った揚羽に、三日月は視線を戻す。
三日月も大典太も、まだお互いに警戒を解いてはいないが、そこは揚羽にとっては取るに足らない問題らしい。
ただでさえ霊力が強く恐れられる大典太の相手が務まるのが誰かと考えた時、おそらく同じ天下五剣しかいないと思ったのだろうが、両者の間に漂う空気は友好的には程遠い。
しかし三日月はにこりと笑顔を作って見せて、大典太に掌を差し出した。

「俺は三日月宗近と言う、宜しく頼む。手始めに本丸の案内でもしよう」
「…ああ」

頷いた大典太が立ち上がる。
三日月の掌を握り返した手は大きく、しっかりと力が込められる。
そこに天下五剣だとか名だたる名刀だとかいう遠慮や偏見は一切なく、大典太という男の度量が窺えた。
面白い、そう純粋に感じた三日月はにやりと口角を吊り上げる。

主を置いて部屋を出て、広大な本丸の敷地を順番に歩きながら説明していく。
だがその辺はマイペースな三日月のこと、「まあ俺もよくわからんが…」など曖昧な説明を交えつつ進んでいく。
大典太は文句も言わずについてきたが、ふと口を開いた。

「此処の主は女なんだな。正直驚いた」

三日月は振り返り、大典太を見る。
表情の乏しい顔貌からは感情が読み取れない。

「そうだな。だが、揚羽は審神者として上手くやっている」
「審神者としてはどうだか知らないが、刀剣は皆男なのだろう? その辺の折り合いはどう付けている?」

大典太の言葉に、三日月は思わず瞠目した。
言わんとしていることがわからないではなかった。ただ、その意味を考えることを躊躇った。
すぐには言葉を返せずに黙り込む三日月に、大典太は嘲笑めいた笑みを浮かべる。

「そうか、それが此処の方針か。お前がそうでは、此処の刀剣たちは不憫だな」
「…、」

三日月の胸中に、ふと鶴丸の言葉が甦った。
大典太の言うことにも一理ある。
本来ならば、付喪神たる刀剣が神格化しているとはいえ低位の神位にある審神者に従うのも奇なること。
それでも皆が揚羽を主と慕うのは、この世に生を受けた時に初めて目にしたのが彼女だからだ。
歴史の狭間に行く宛もなくさまよっていた魂を拾い上げ、そして人としての生を与え、前世で叶えられなかった想いを遂げるチャンスや生きる目的を与えてくれたのが揚羽なのだ。

三日月は生涯一人の主に仕えることが叶わなかった。
いくつもの死を見据え、主を幾度も変え、人の愚かしい部分に幻滅しながら、やがて眠りについた。

だが今一度生を受け、今生こそは、そう思う。

「俺は主が何よりも大切なのだ。揚羽が一生笑って過ごすこと…それが俺の願いであり、望みだ」

揚羽の幸せ、それ以外に意味はない。
たとえ彼女の未来に、自分がいなくとも。
そう語った三日月に、大典太は詰まらなそうに鼻を鳴らした。

「欲しいものを欲しいとさえ言えない人生に、何の意味がある?」


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