第三話


揚羽は現地にいるこんのすけからの報告を聞き頷いた。

確かに、白河天皇の即位式に時間遡行軍が何か仕掛けてくることは考えられる。
万が一白河天皇が即位を待たず命を落としたとなれば、間違いなく歴史は変わるだろう。
時空の乱れを示す監視モニターは、依然京都で赤く点滅している。

「わかったわ。引き続き、警戒と報告を」

了解です、そう言い通信は沈黙する。
揚羽は椅子から立って、窓の外を見上げた。
天には冴えざえと輝く、下弦の月。
脳裏に浮かぶのは、青い着物に身を包んだ、上背のある背中だ。

「今夜は月が美しいな」

不意に鶴丸が言った。
近侍である彼に内心を悟られぬよう、「そうね」と気のない調子で返して窓辺を離れる。
その時、突然モニターの赤い点滅が拡大した。
みるみる倍の数に広がったアラートに、揚羽は拳を握る。

「…やっぱり、敵は私たちの上手を行くようね」

こちらの動きを察知して、時間遡行軍は部隊を倍にしたのだろう。
如何に三日月といえど、あの数を相手に無事では済みまい。
だが、戦える刀剣の数は限られている。
敵が数で勝るなら、こちらは少数精鋭で挑む他ない。

「鶴丸、」
「何だ?」
「今から言う三振りを、此処に呼んで」

そう命じると、鶴丸は一瞬目を見開いて、それからすぐに意図を理解し不敵に笑う。

「了解」



三日月と骨喰が内裏を見張り、丸一日が経った。

不気味なほどに何も起こらず、予想が外れたのかとこんのすけに確認するが、依然歴史の動きはないらしい。
まだ外れだと断定するわけにもいかず、町の隅にある小さな宿から行き来しながらの見張りとなった。

だが、それにしても平安京は治安が悪い。

歩いているだけで柄の悪い連中に声を掛けられる。
それも主に三日月が。
彼らにすれば、身なりの良い優男とでも思うのだろう。
三日月がへらへらと対応しているうちにあっという間に囲まれて、行動を共にする骨喰は溜め息をついた。

「お前たち、悪いことは言わないから諦めて…」

骨喰が悪漢を説得しようと、口を開いた時だ。
背後で唐突に轟音がしたと思ったら、三日月に絡んでいた男が一人、宙に舞った。
嫌な予感と共に、骨喰は振り返る。

「…さて、次はどいつだ?」

昏倒した男の胸ぐらを掴んだまま、三日月が清々しいまでの笑顔を浮かべ、言った。
三日月の見かけによらない強さに恐怖し、あれだけしつこかった悪漢が逃げていき、自由に行動出来るようになったのは良い。
そう、それは良いのだが…

「悪目立ちしてどうする!」
「ははっ、朱雀大路で騒ぎを起こすのは、少し不味かったか」

今度は朱雀門を警護していた武士に追われて、骨喰と三日月は小路に逃げ込んだ。
身を潜めて様子を伺うと、武士たちもあまり深追いするつもりがないのか、呆気なく諦めて去っていく。

「はぁ…」

本日何度目になるかわからない溜め息をついて、骨喰は項垂れた。
良い…、自分さえ我慢すれば別に良いのだ。
だがしかし。
本音を言えば、三日月のマイペースさに時々心が荒みそうになる。別行動で情報収集しているこんのすけと合流したら、少し休もう…
骨喰はストレスで胃がキリキリと痛むのを感じながら、思った。

「骨喰」

不意に三日月が呼んだ。
今度は何だと振り返る骨喰に、三日月は言う。

「火薬の臭いがしないか?」
「え…」

そういえばそうだと、骨喰が視線を巡らせた、その時だ。
内裏の方角で、爆音が響いた。

「!」

火の手が上がり、煙が巻き上がる。
骨喰らの位置からは何が燃えているかはっきりは見えないが、内裏に近い。燃え移るのは時間の問題だろう。
実は天皇の御所である内裏は何度か火災で消失している。
だが、それはあくまで歴史上の話だ。
歴史にない火災なら、すなわちそれは歴史が改変されたことを指す。

「お二人とも、ここに居ましたか。探しましたよ」

屋根の上からひょっこり現れたこんのすけが三日月と骨喰を交互に見遣った。

「こんのすけ、今の爆発は」
「内裏付近の寺から出火しました。周辺の武士たちは火災の鎮火に手を取られているようです」
「歴史上、今日火災の予定は?」
「記録にはありません」

こんのすけは答えた。
ならば、時間遡行軍の仕業だろうか。
そう骨喰が考えた、その時、空が割れた。

現れる時間遡行軍。

十数体の部隊が先行し、朱雀大路を南下する。それを追う骨喰が大きく跳躍し、三日月は疾走する。
回り込んだ骨喰に行く手を遮られ、後ろは三日月に取られた状況で、時間遡行軍は歩を止めた。

「さて、やるか」

三日月はのんびりと笑いながら、振り下ろされる刀を受け止め、薙ぎ払った。
それを横目に、骨喰は自らも刀を振るう。
数では劣るが、一体一体の時間遡行軍は然して強くない。
京の町に現れた時間遡行軍を倒しながら、出来るだけ人々が逃げる時間を稼ぐ。
元々人も疎らな町だ。平民たちは家屋の中に逃げ込んで、通りに屯するのは三日月らと時間遡行軍だけという頃。
三日月たちの頭上で、再び時空の裂け目が口を開いた。
更に現れる、時間遡行軍。

「…そんな、」

骨喰が唖然と声を出す。
混戦の最中を、時間遡行軍の部隊が都の中心部へ向けて移動していく。
それを止めようにも、目の前の敵を倒すことで手一杯で、身動きがままならぬ。

「…まずいな」

流石の三日月の表情にも、焦りの色が浮かんだ。
その時、三度開いた時空の裂け目。
まだ敵が増えるのかと呻いた二人の前に、薄絹の白い羽織が翻る。
まるで戦場に咲いた一輪の花の如く、何であろうと汚すことの出来ない高潔さを纏い、審神者はそこに現れた。

「主…、」

一瞬その姿に目を奪われた三日月だったが、はっとする。
審神者たる者が先陣に立つなど間違いだ。
どこの世でも、大将の首を取れば勝ちというのは定石だ。時間遡行軍も彼女の存在に気づき、刀の矛先を変える。

「揚羽!」

三日月が思わず動く、時間遡行軍が襲い掛かる、その間際に揚羽が眼前に片手を掲げた。
その手に握られているのは、白い柄を持ったすらりと長い太刀。
だが刀の姿を確認出来たのは一瞬で、ふわりと巻き上がった無数の花弁が刀身を包む。
そして花弁が消え去ったと途端に、審神者に襲い掛かった時間遡行軍が両断された。

時間にして、僅か数秒。

現れた白い衣の男はニヤリと不敵に笑い、時間遡行軍へ刀を向けた。

「はは、劇的な登場で驚いたか? 苦戦しているみたいじゃないか、三日月!」

場違いに愉しげに笑う鶴丸に、三日月は眼前の敵を斬り倒す。

「いかにも。…だが、主をこのような場所に連れて来たことについては後で申し開きを聞こう」
「…俺だって、好きで連れて来たんじゃないさ。文句なら主に言うんだな」

言いながら、鶴丸は敵に踏み込んだ。
大きく刀を一閃する、その瞬間に三日月と鶴丸は交錯し背を向け合う。
まるで門扉を守る阿修羅のように、審神者に仇為す者を斬る。

「まだ終わりじゃないぜ。なあ、主!」
「もちろん」

揚羽が宙に掌を翳す。
ふわりと花弁が散った時、三日月たちの前には更に三振りの刀剣が召喚された。

「ようし、いっちょやってやろうじゃねえか!」

敵を睥睨するなり、勇猛果敢に吠えたのは和泉守兼定だ。
青い羽織が朱の空に翻り、まるで血に餓えた壬生狼の如く、鋭い刀を構えながら時間遡行軍に斬りかかる。

「…戦いは好みませんが」

その傍には浮かない顔をした江雪左文字、身の丈もあるかという大太刀を帯刀したのは蛍丸だ。
居並ぶ刀剣を前に、揚羽は言う。

「此処にいる六名を第一部隊に任命します。三日月宗近、部隊長を任せます。皆で協力して事態の即時収束に当たりなさい」
「あいわかった」

穏やかに頷いた三日月は、双眸を進軍する時間遡行軍へと向ける。
その彼方で空が赤く燃えている。
守るべき歴史はそこにある。
死なせてはならぬ命がそこにある。

「時間遡行軍を殲滅せよ」


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