第七話


時は西暦2205年。
政府は過去へ干渉し歴史改変を目論む歴史修正主義者に対抗すべく、物に眠る想いや心を目覚めさせ力を引き出す能力を持つ審神者と刀剣より生み出された付喪神、刀剣男子を各時代へと送り込む…

ただし、時間跳躍は誰もが許されるわけではなく、時を遡る行為事態にある程度の制約が課せられる。
私欲での歴史跳躍、および理由如何に問わず、歴史改変行為は重罪である。

過去を変えたいと、誰もが思う。
だが、誰もが変えたい過去を変えたら、この世は混沌を迎えるに違いない。

そう、全てはあるべき歴史を遂行するために…


「ようこそ、よく来たね」

暗い地下、地上の光も音も届かない牢獄に、一人の男が繋がれている。
強化ガラスが嵌め込まれた牢の中から笑う男と対峙しながら、揚羽は口を開いた。

「教えてください。五年前、私の両親が死んだ、その真相を…貴方は何故、そこにいるのですか?」
「それは、私が過去を変えたいと願ったからだよ。その結果、君のご両親が巻き込まれたことは、悪いと思っている」

そう言った男に、揚羽は拳を握る。
この男は、かつて審神者だった。同じ立場にいながらその力を行使した、その真意はどこにあるのか、揚羽は知りたかった。

「何故…、貴方は一線を越えた?」
「私にはその力があった…そして、君にも。変えたいと願う過去はないのかね、君には? たとえ、それが罪だとしても」
「…、」

まるで悪魔の囁きのように、魅惑的に響いた男の言葉に、揚羽は目を見開いた。
その心の動揺を見透かすように、男は続ける。

「もう一度、見たいとは思わないかね? ご両親の、笑顔を」

息が詰まる。
聴覚が奪われ、全ての音を排除して、自分の意識が男の言葉に集中している、それがわかる。
これ以上此処にいてはいけない、そう思う。
だが、身動き一つ出来ずに揚羽は男の顔を凝視した。

「…っ、」
「主、そろそろ時間だよ」

おそらく、対面時間は五分に満たない。
だが恐ろしく長く感じる時間の中、不意に肩に置かれた手と、柔らかな声にはっとする。
顔を上げると、髭切の穏やかな顔がある。

「…、ごめんなさい、行きましょう」

髭切に促されるように身を翻すと、ガラスの中から男が言う。

「君とは共有できるものがある気がする。また話がしたい…今度は、そこのナイトは抜きでね…」


帰りの車に乗り、シートに身を預けた途端、揚羽は深い息を吐いた。
あの男の思考に取り込まれる、そんな気がした。

「…ありがとう、声を掛けてくれて助かったわ」

そう運転席に座る鶴丸に言うと、いや、と何でも無いような声が返ってくる。

「あの男の言ったことは気にしない方が良いよ。所詮、アイツは理性を持たない獣と同じさ。私欲に走った奴の言葉には、何の重みもない」
「わかってるわ」

だけど、そう内心で呟いて、揚羽は目を伏せる。
人間は迷う生き物だ。
迷い、選択を間違える可能性だって、いくらでもある。
審神者がそうならないと、何故言える?

あの男が道を誤ったのに…

もう五年だ。
五年前、予期せぬ事故に巻き込まれて両親が死に、後にそれが、あの男が歴史改変を目論んだせいだと聞かされた。
そうまでして何を変えたかったのか、揚羽は知りたかった。
何のために両親が死んだのか。
五年…それだけ掛けて、ようやくあの男に会う決意がついたのに、気は滅入る一方だ。

「ところで、主は最近三日月と一緒に居ないけど…何かあったの?」

不意にそう聞かれ、揚羽は一瞬言葉に詰まる。
確かに、ここのところ揚羽は近侍をころころ変えている。
今日の近侍は髭切であり、三日月を近侍に任ずることは余りなくなった。

「…少し、距離を置いているの」



本丸に戻ると、こんのすけが騒々しく出迎えた。

「お帰りなさいませ、主様。御当主様がいらっしゃっておいでです!!」

そう言われ、揚羽は外着のまま執務室に向かう。
揚羽にとって叔父に当たるその人は、この本丸にとって大事なパトロンである。
多方、近況を聞かれるのと例の話を持って来たのだろう。

「お茶はお出ししているの?」

そう揚羽が聞くと、こんのすけは「今直ぐに」と去っていく。
髭切に下がるよう言うが、彼はなかなか揚羽の傍を離れようとしない。

「僕、今日は主の近侍なんだけど?」
「…用があれば一番に呼ぶから、もういいわ」

溜息混じりに言った揚羽に気付く様子もなく、髭切は愉快げに嗤う。
揚羽は髭切を残し、執務室に入るとドアを閉めた。

「どうも、お待たせ致しました」

そう丁寧に頭を下げた揚羽に、当主は何時もの調子で話を始めた。

「あの男に会ったそうだな」
「…耳が早いことで」
「お前の行動は筒抜けさ。あの男には、もう会うな。何の為にもならない」
「…はい」

揚羽は当主の対面に座ると、視線を目の前のテーブルに落とす。
広げられた数枚の写真。
それはどれも、揚羽の見合い用に撮られた歳若い男たちの写真である。
そしてそれぞれに添えられた詳細な身元調書を一瞥し、揚羽は気のない声で言う。

「誰でも良いです。叔父上の良い方でお願いします」
「…お前は、またそう…。自分の結婚だろう」
「誰を選んでも家名の為になるのでしょう? それなら、誰でも良いです」

頑なに繰り返した揚羽に、当主が呆れたような溜息を落とした。
実際、写真を見るだけでは誰が良いとかなどわからない。
それに、あれ程躊躇いなかった筈の縁談に、水を差した相手がいるのは事実だ。

『俺は…、お前が愛しい』

そう言った、あの男の真意は何だったのだろうか。
あれから揚羽は三日月と話していないし、三日月も何も言って来ない。

「見合いの条件がある。結婚するなら審神者を辞めろ」

不意に言われ、揚羽ははっとした。
驚きに目を見開いた揚羽に、当主は顔色一つ変えず言葉を続ける。

「当然だろう。妻と母、そして審神者を兼任出来る程世の中は甘くない。政府には私から言おう」
「ですが、それは…」
「審神者は他の誰かが継げば良い。此処の刀剣たちに人生を捧げてやる義理などないだろう? 彼らは、所詮物なのだ」
「…っ、」

当主の言葉が、酷く胸に引っ掛かる。
確かに、彼らは物かもしれない。
だが、生きている。
審神者を辞めるなど、これまで考えたことが無かった。
もしも揚羽が審神者を辞めたら、彼らはどうなるのか…
思わず揚羽が考えこんだ時、不意にドアをノックする音が聞こえた。


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