第一話

昔、「貴腐部隊」と呼ばれる部隊があった。
人として堕ちるところまで堕ちた者達…
腐る事で尊ばれる存在だそうだ。


**

「先生っ、表に…!」

午前の診療を終えた時、看護師が血相を変えて診察室に駆け込んで来た。
まさに怪物にでも出会ったような顔に、何となく察しが付いた。
しきりに「止めた方が良いと思う」や「EMSを呼びましょうか?」という看護師を宥めて、揚羽は表へ向かう。
人気の無い待合室を突っ切ると、入口のドアガラスに映る上背のある巨影。
やっぱりな、そう思った揚羽が一息にドアを開けると、彼はびくりと肩を震わせた。

「あら、そんな所で何をしているんですか、十三さん?」
「揚羽…」

煙草を燻らせながら、診療所のドアの横に所在無さげに立っていた十三が振り返る。
中に入って来れば良いものを、新しく雇った看護師に遠慮したらしい。
尚も心配そうに、後ろからおっかなびっくりと状況を見守る看護師に「知り合いだから」と言って揚羽は十三を中へ上げる。

「どうぞ。コーヒー淹れますよ」
「ああ」

十三が携帯灰皿に吸っていた煙草を捨てて、診療所の中へ。
午後の診察は二時からだから、あと一時間と少しある。
ちょうど昨日営業の人に貰った和菓子があった。
茶菓子にそれでも開けようかしら、そう考えながらキッチンでお湯を沸かす。

「せ、先生、あの過剰拡張者、何なんですか…?」

看護師が後ろに来て、こそりと揚羽に言った。
十三との関係を問われると、正直わからない。
数ヶ月前に助けて貰って以来の付き合いだが、恋人では無いし、ただの友達というのも語弊があるし。

「何って…ただの茶飲み仲間だけど」
「過剰拡張者ですよ、違法拡張!!」
「違法じゃないわよ? 免状があるって言ってたし」
「…じゃあ、従軍経験があるって事ですか?」
「うーん、多分?」

答えながら、揚羽は考える。
そういえば、その辺の話を十三本人を始め、メアリーや鉄朗からも聞いた事が無い。
以前戦時中のツテがどうのと言っていたから、何らかの形で大戦に関わってはいるのは確実だが…
揚羽もあの戦争で父親を亡くしたのだ。
十三にとっても、戦争は辛い過去なのかもしれない。

「そうそう、貴方も一緒にどうかしら? あの顔で、面白い人なのよ」
「結構です」

休憩を一緒にどうかと誘った揚羽に、看護師は即答して去って行く。
やはり生身の人間と拡張者の間には、まだ隔たりがあるらしい。
かく言う揚羽も、以前はそうだった。
出会ったのが十三で無ければ、揚羽は今こうして拡張者と一緒にコーヒーなど飲んではいないだろう。

「はぁ、仕方ないか…」

揚羽は二人分のマグカップを用意すると、挽いたばかりのコーヒー豆に沸騰したお湯を注いだ。
芳醇な香りに鼻腔を擽られながら、和菓子を冷蔵庫から取り出すと、十三がキッチンに顔を出す。

「何か手伝うか?」
「…大丈夫です。もう、出来るところですから」

そう答えた揚羽は内心心配していた。
今の会話、十三に聞かれていなかっただろうか。
十三は、いつもこういった謂れない批判に耐えているのだろうかと。
そう思うと何故か胸が痛い。

「ねえ、十三さん…、」
「何だ?」
「…いえ、何でも無いです」
「?」

十三は、どう思っているのだろうか。
それを聞く事は出来なかった。

「和菓子、貰ったんですけど食べません?」
「和菓子か…、食った事が無ぇな」
「すっごく綺麗なんですよ。もう芸術って感じで、食べるのが勿体ないくらいで」
「じゃあ、俺が食べちまわない方が良いんじゃねぇのか?」
「全然。美味しく食べてくれる人に、食べて貰った方が良いですから」

言いながら、揚羽は和菓子を皿に取り分ける。
残りはメアリーや鉄朗の分として、持って帰って貰っても良いかな、そう思う。
薄透明な生地の中に、柔らかなこし餡が包まれた和菓子が十三の目の前に。

「…ほう、確かに」
「綺麗でしょう? 他にもあるんですよ」

揚羽が言うと、十三が箱を覗き込んだ。
彩り取りの、ころんと丸い和菓子が並ぶ。
知らず知らずのうちに十三と近付いていた揚羽は、はっとして息を呑む。
厳つい、金属質な顔が目の前に。
十三に男性の魅力を感じた事は、これまでにもあった。
しかし超が付く程鈍感な十三が相手では、色っぽい雰囲気にはならないのだ。

「…十三さんて、」
「ん?」
「結婚とか、しないんですか?」
「…なっ、」

前にクリスティーナも言っていた。
良い歳なんだから、そろそろ結婚しろとか何とか。
突然説教を食らって、十三は慌てていたけれど。

「何だ、急に…」
「何となく気になって。結婚したい女性とか、好きな人とか、十三さんにはいないんですか?」

そう聞いた揚羽に、十三はわかりやすい程視線を泳がせる。

「…い、いねーよ、別に…」
「そうなんですか?」
「…それに、俺は誰かと連れ合いになるつもりは無ぇよ」
「…、何で」

不意に自嘲めいた十三の声に、揚羽は聞いた事を一瞬後悔した。
ズキンと、心が軋む。

「俺みたいな奴は、誰かに愛されて真っ当な幸せを掴むなんざ許されねぇのさ…」
「え、」

それは何故かとは聞けなかった。
診療所の電話が鳴り、揚羽が中座したからだ。
戻った時には話はうやむやになり、すぐに午後の診療時間になった。

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