第六話

「準備は良いか…?」

乾が窮屈そうに首元のネクタイを直しながら、聞いた。
今日の乾は高級なスーツにネクタイ。
高身長の身体を一張羅で決めた姿は随分様になっており、彼の顔に慣れてしまえば色気さえ感じる程である。
同伴する揚羽は胸元がぱっくりと開き、足の付け根から大胆にスリットが入ったドレスだ。
揚羽の胸元から思わず視線を逸らした乾に、揚羽はわざとらしく腕を絡め、囁き掛ける。

「堂々としてください。変に思われるでしょう?」
「ああ、わかってる…」

ヤクザの事務所はビルの最上階にあり、一階にはカジノ、その上はカジノ客専用のホテルだ。
その為ビルにはカジノの客しか入れず、ある程度の上客でなければ入口で警備に目を付けられる事になる。
此処では拡張者など珍しくはない。
着飾った揚羽と乾はボディチェックの後、警備に止められる事も無く、何食わぬ顔でカジノの入口を潜った。
乾だけは過剰拡張者という事で、有事に高圧電流が流れる仕様と発信機が埋蔵されているという腕輪を付けられたが、大金がやり取りされるカジノではやり過ぎという事はない。
ちなみに、乾の身体が絶縁処理されている事はカジノの警備は知らないだろう。

「…!」

飛び込んで来るのはスロットのけたたましい音、煌びやかな照明。
無数の金と欲望が渦巻く空間はまるで異世界で、揚羽は一瞬眩暈を覚えた。

「大丈夫か?」

乾に聞かれ、揚羽は覚悟を決める。
隣にいる乾は意外にもこういう場所に慣れているのか、狼狽える事無く煙草に火を付ける。

「…大丈夫です」

乾の隣で背筋を伸ばし、揚羽は真っ直ぐ前を見据えた。
スロットやルーレットテーブルが並ぶフロアを直進し、二人はエレベーターに乗り込んだ。
目指すのは最上階。
此処から先にはどんな危険があるかわからない。

「本当に、良いのか? 何なら俺一人で行っても構わねえぜ?」

そう言った乾に、揚羽は震える手を握り締める。
そうして背の高い乾の顔を見上げ、揚羽は精一杯微笑んだ。

「乾さんが隣にいるので、私は大丈夫です」
「…生身で痩せ我慢するもんじゃないぜ。だが俺はどんな依頼も守って見せる。あんたもな」
「はい」

そうこうしているうちにエレベーターは最上階に辿り着き、止まる。

『良いっすか? 最上階まではエレベーターで一気に行けます。問題なのは此処からで、最上階には恐らく警備がいる筈っす。それも拡張者の。少年が同行出来れば一番簡単なんでしょうが、子供が易々と入れる場所では無いし、警備の都合上、恐らく持ち物は厳しくチェックされるっす』

前日の作戦会議、メアリーが言った。
揚羽には何故鉄朗が行けば簡単なのかはわからず、とりあえず話を聞いていた。

『…そこで、これが秘密兵器っす。起動させれば電流が流れ、半径五メーメトルの拡張者を五分間行動不能に出来ます。ドクターは入口で金属探知機に通されると思うので、これは十三さんが持ち込んでください。あとはフロアの此処…事務所に組長がいる筈ですから』

そう言ってメアリーが指差した図面、フロアの三分の二程に赤マジックで印が付けられている。
そこに乾と一緒に乗り込み、話をするのが揚羽の目的だ。

『メアリー、お前、何でこんな事知ってやがる?』
『それは…、企業秘密です』

ビルの見取図云々の内部情報を饒舌に話すメアリーを怪訝に思った乾が聞いたが、メアリーはへらりと嗤い躱した。

『二人とも、気を付けて』

エレベーターの扉がするすると開く。
思わずごくりと流涎を飲み込んだ揚羽の前に、最上階のフロアが現れる。

「お前ら、此処は関係者以外立ち入り禁止だ!」

エレベーターが開いた途端、警備が揚羽らへマシンガンの銃口を向けた。
見たところメアリーの言う通り、全員拡張処理されている。
銃を向けられ取り囲まれるという、普通では味わえない状況に内心肝を冷やしながらも、揚羽は動揺を必死に押し隠した。
そして両手を挙げて、ドラマで見た女優を思い出しながら、艶っぽく嗤って見せる。

「ごめんなさぁい、降りるフロアを間違えちゃって…でも、変ねぇ。私たち、このホテルの一番高い部屋を予約したんだけど、最上階じゃないなんて、どうしてかしらぁ?」

そう婀娜っぽく言った揚羽のドレスから垣間見える胸元、スリットから覗いた優美な脚線、くっきりと括れた細い腰に、警備の男全員の視線が吸い寄せられる。
さて、乾は…
密かに窺った先、乾までもが揚羽の身体を食い入るように見ている。

「乾さん…っ」

このむっつりスケベ!と内心で突っ込みながら、揚羽は乾を呼んだ。
はっとした乾がメアリーから預かった装置を床に投げると、即座に起動し電流が放たれる。
ビリビリと空間が揺れる。
乾が揚羽を抱き寄せ、後ろに庇った。

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