第四話

診療所の爆発から三日、経過観察の後に揚羽は退院する事になった。
診療所兼自宅だった場所は今もEMSの管理下にあり、私物を持ち出せる状況では無いそうで、退院当日に乾が持って来た着替えは微妙だった。

「…」

恐らくはメアリーに借りた服(サイズSのTシャツ)と、時代遅れなゼブラ柄の際どい長さのスカート(クリスティーナに借りた)。
当然替えの下着なんて入っていない。
明らかに駄目だろう、これは。
そう思いながらも悪気が全く無い乾には言い出せず、他に選択肢も無い為ぴちぴちのTシャツに腕を通してみた。
ワンサイズ小さいTシャツは身長百六十五センチの揚羽の胴の丈に明らかに合わず、下着を付けていない胸は締め付けられて余計強調されてしまう。

「…これは、ちょっと無理かも…」

とてもこんな格好で表を歩けない。
病院に事情を話して、病衣を借りて帰ろう。
諦めて揚羽がぴちぴちのTシャツを脱ごうとしたところ、不意に病室のドアが開いて、そこに立っていた乾と目が合った。

「…え、」
「…っっ!?」

ほぼ裸の姿を見られた揚羽は乾の顔を見ながら数秒硬直し、乾は乾で「え、え!?」と繰り返しながら、わかりやすい程に狼狽える。

「…十三、何して…」

その時入口で立ち尽くした乾の後ろから室内を覗き込もうとした少年…鉄朗といった…の目元を即座に乾が掌で覆い、当の乾本人は揚羽の身体をしっかり見ている。

「十三…っ、突然何なんだ…!」
「み、見るなっ!! 今は何と言うか、その、非常に拙いっっ!!」
「拙いって何が…」

突然視界を奪われた鉄朗は訳もわからず抗議の声を上げているが、乾の力には適わず振り解けない。
揚羽としては乾に見られるよりは鉄朗に見られた方が何十倍もマシだったと、心境は複雑だった。

「…乾さんのスケベ」
「!!!」

揚羽がぼそりと言った台詞に乾は相当量な心的衝撃を受けた様子で硬直し、鉄朗は何かを察した。


**

保険会社が早く動いてくれたおかげで、お金の面はある程度心配無く過ごす事が出来るようになった。
病院からすぐに揚羽が向かったのはアパレルショップに、日曜雑貨店。
とりあえずは当面困らないだけの服や下着を買い揃え、シャンプーやボディソープなどの生活必需品を買った。
自宅が半壊状態で、未だヤクザに命を狙われている可能性のある揚羽は、暫くメアリーのところに匿われる話になっている。
乾が直ぐ上の階に居るし、その方が良いだろうという判断だったが、不安が無い訳では無い。
相手は過剰拡張者の上に、良く知らない男。
これはあくまで身の安全の為だと、自分を納得させる。

「随分買ったな…女の必要な物ってのが想像以上に多くて驚いたぜ…」

そう疲れたように言う乾の両手には、紙袋が四つ下げられている。
しかし誓って無駄な物など買っていない。
女には、男には言えない必要な物が多々あるのだ。

「十三は女性に縁が無いからな。わからなくても無理は無い」
「…余計な事言うんじゃねーよ、鉄朗。つうか、お前だって一緒だろうが」

さっきの事といい今といい、わたわたと慌てる乾の態度が余りにイメージと違うから、揚羽は驚いた。
厳つい見た目から、もっと無口で粗暴な人を想像していたのに、鉄朗と絡んでいる様子はまるで大きな子供だ。

「ふふっ…可笑し…」

思わず嗤った揚羽に対し、乾がきょとんと動きを止める。

「あんた、俺が怖かったんじゃねぇのか?」
「え…? あ、そういえば」

拡張者に対する恐怖とか、乾本人への苦手意識とか、いつの間にか忘れていた。
それは恐らく、乾がこういう性格だからだ。
揚羽を助けてくれたように、自分を平気で犠牲にして、誰かの盾になる。
そこに「痛み」を伴わない筈は無いのに…

「命を救ってくれて、ありがとうございました。まだ、お礼言っていませんでしたよね、乾さん?」
「…いや、大した事じゃ無ぇさ。それに、」

不意に乾の声が少し低くなる。
何だろう、そう思って見上げた乾の表情は、揚羽にはわからなかった。

「悪かったな。診療所、守れなくてよ…」
「どうして乾さんが謝るんですか?」
「いや…、連中、もしかしたら俺の姿を見て恐ろしくなって、焦って爆弾なんか使ったのかもしれねぇ…そう思ってな」

そう言った乾に、揚羽は眉根を寄せる。
確かに過剰拡張者の乾が用心棒となれば、多大な牽制にもなるだろう。
相手が焦る気持ちもわからなくは無いが、乾に相談した直後に診療所が爆破されたところを見るに、恐らく爆発物は揚羽の帰宅を狙って仕掛けられたのだ。
それならば、相手にとって乾と一緒に揚羽が診療所に戻る事など想像はつかないだろうし、何より過剰拡張者の乾を排除する事が目的にしては、爆発の規模も威力も小さかった。
少し考えれば、そんな筈は無いと直ぐわかる。

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