第十一話

『『貴腐部隊』と言うのだと、十三さん、自分で言っていました。人として堕ちるところまで堕ちた者達…腐る事で尊ばれる存在だと』

「…前に言ったな。誰かと連れ合いになるつもりは無ぇと」

『俺みたいな奴は、誰かに愛されて真っ当な幸せを掴むなんざ許されねぇのさ…』

「それは俺が兵器であり、何かを壊すように出来てはいても、誰かを愛するようには出来てねぇからだ。だが俺は初めて自分から、お前を欲しいと思った。だから俺の傍に居て欲しい…揚羽」

十三の言葉を真っ直ぐ聞いていた揚羽は、胸中に渦巻いていた様々な感情をぐっと抑え込む。
そして、

「嫌です」

そう言った想定外の揚羽の返答に、十三は一瞬ぽかんと口を開けた。
揚羽は椅子を立って十三に近付くと、頭二つは上にある銃の顔に手を伸ばし、鋼鉄の頬に触れる。

「私、貴方なんて少しも怖くありませんから」
「…!?」
「貴方が過剰拡張者で、戦時中にGSUと呼ばれる兵器で、色々あって仲間や他の拡張者に恨まれているなんて。だから何だって言うんですか?」

揚羽は昨日見た、十三の姿を脳裏に思い浮かべた。
全く怖く無いと言えば、嘘になる。
しかし、十三の機械でしかない重装甲の腕は、揚羽を瓦礫から守ってくれた。
思えば最初から、十三は自分の身を盾にして揚羽を危険から遠ざけてくれた。
父の死を受け入れられず、遺された診療所と淡い期待にしがみついていた揚羽に、区切りを付ける切っ掛けをくれたのも十三だった。
彼がやってくれた事は紛れも無い事実で、そこに彼が何者かなど関係無い。

「貴方は、貴方でしょう?」

そう言った揚羽に、十三は僅かにびくりと震えた。
兵器である十三も、人である十三も、どちらも同じで切り離せないのは良くわかる。
そして十三が、今も過去の罪業に苛まれている事も。
だから少しだけ、十三の抱えているものを一緒に背負わせて欲しい。
そうは言っても、十三は重荷を分けてはくれないだろう。
それならば、せめて伝えたい。
貴方が一人では無い事を。

「私は乾十三…一人の人間である貴方が好きです」

揚羽が言った時、十三は自らの頬に触れている手に自らの手を重ね、握り締めた。


**

「忘れ物は無いっすか? あれ、十三さんは…」

メアリーがきょろきょろと視線を巡らせる。
駅のプラットホーム。
あと五分で発車する列車を前に、メアリー、鉄朗、クリスティーナがそわそわと落ち着き無く慌て始める。
そんな姿を列車の車窓から見下ろしながら、揚羽は微笑んだ。
二年間、揚羽は診療所を休んで拡張技術を学ぶ事にした。
技師になる訳では無い。
より拡張者寄りの最新医学を学ぶ為、研修医時代の恩師の居る病院で働く予定になっている。
此処から列車で五時間は掛かる場所にある為、そうそう帰省は出来ないだろう。
この事を考えていたのは実は暫く前からで、この一月は患者らへの説明と他院への紹介状作成とで忙しかった。
その為十三に伝えたのはつい先日になってしまった事を、随分呆れられてしまった。

『もう決めたんだろう? なら、俺がどうこう言う事じゃ無ぇさ』

欲を言えば少しは引き留めて欲しかったなとか思ったが、引き留められたところで決意が揺らぎそうだったから、逆に良かったのかもしれない。

「もうっ、あと一分で発車なのに、十三さんは何やって…」

苛々と時計を見ながら言ったメアリーの袖を、鉄朗が無言で引いた。
はっとしたメアリーが振り返り鉄朗と一緒に数歩下がった直後、開け放った車窓の外から白い薔薇の、見た事無い程沢山の本数が束ねられた花束が差し出された。

「…!」

訳もわからず受け取った花束の向こうに、良く知った銃頭が見える。

「悪いな。こいつを準備していて、遅れちまった」

そうぶっきらぼうに言った十三が、実は一時間花屋で悩んだなんて話はクリスティーナくらいしか知らない。
列車の警笛が鳴り始める。
その直前に十三が言った、掻き消されそうな声はかろうじて伝わり、揚羽は花束を抱えたまま嗚咽を耐えるように口元を覆う。

「…私も…っ」

真っ白な花弁が数枚舞い散る中で、揚羽は身を乗り出して十三の横面、歯のような部分に口付けた。
ふわりと、良く知った十三の愛煙の匂いが薫る。

「私が戻るのを、待っていてくれますか? 十三さん」
「ああ。二年までは待つ。それ以上は、悪いが待てねぇ…それ以上掛かるようなら、俺はお前を攫いに行く。たとえ気が変わったと、嫌だと逃げても、俺のものにする」

そう言った十三に、揚羽は昨夜散々身体に刻み込まれた熱と疼きを思い出す。
十三のベッドで身体の内側を暴かれて、犯されて、喘がされた。
低く情熱的な声で、何度耳朶に囁かれたかわからない。
自分は十三のものだと、それを思い知らせるように繰り返し注がれた台詞を忘れられない。
この男は揚羽を手放すつもりはさらさら無いのだとわかった。

「だから、やりたい事叶えて戻って来い、揚羽」

そう言った十三から離れ、揚羽は微笑んだ。

「行って来ます」
「十三さんが浮気しないように、ちゃんと見張ってるっすよ!」
「そうよー。だから安心してねぇ」
「誰が浮気なんかするかよっ!!」

メアリーとクリスティーナに口々に揶揄された十三が、焦ったように捲し立てた。
そんな様子を鉄朗が呆れたように見ながら、嗤っている。
列車が動き出す。
プラットホームが見えなくなって、やがて客席に座ると揚羽は十三に渡された花束を抱え、咽び泣いた。
薔薇の花言葉は、本数が多くなる程変わる。
十三が花言葉なんて知っているかはわからないが、意味も無く花束なんて贈って来る筈は無い。



『花束を、』

一時間も考えあぐねた挙句、十三は花屋の店員に声を掛けた。

『大切な女に、愛していると伝える為の花束が欲しい』

そう言った十三に店員は初め目を見開いたが、直ぐに微笑んで傍にあった白い薔薇を一輪手に取った。

『薔薇の花言葉は、一輪で『一目惚れ』、十一本で『最愛』、九十九本で『永遠の愛』、百八本で『結婚』です。ロマンチックじゃありません?』



chapter2 完

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