第九話

瓦礫がそこかしこに転がるスタジアムを、揚羽は足早に歩く。
何か目的があったわけでは無い。
ただ、そこに十三が居ると思ったら、じっとしていられなかった。
クローネンに車を抜け出した事を知られたら、何を言われるか。
役人とは思えない凶悪な笑みを思い出し、揚羽は顔を顰めながら通路をひたすら進む。
…十三には、もう関わるなと言われた。
会いに行った所で、十三は喜ばないかもしれない。
会ってどうするのかも、わからない。
だが今会わなければ、二度と彼に会えなくなる気がして。

「…っ、はぁ、は…」

息が上がる程走って、スタジアムの中心近くまで来た時、血塗れで横たわる女性を見付けた。
まだ息がある。
随分大柄で、揚羽一人では運び出せそうもない。
せめて応急処置をと、彼女の傷を確かめる。

「…っ、」

すっぱりと、何か鋭利な刃物で切り落とされた左腕。
そこから絶えず血が流れ、彼女は失血していた。
処置道具も、聴診器も、血圧計も何も無い。
揚羽は慌てて自分の着ているカーディガンを脱ぐと、血が吹き出す腕を強く縛り上げた。
橈骨動脈は触れないが、頸動脈は辛うじて触れる。
しかし脈が弱い。
早く適切な処置をしなければ、危ないだろう。

(誰か…)

そう思って視線を巡らせた時、頭上の瓦礫が音を立てる。
崩れる、そう思っても逃げる事が出来ずに、揚羽は女性の上に覆い被さった。
コンクリートの塊が落ちて来て、二人一緒に潰される…そんな想像をしながら痛みと衝撃を覚悟した揚羽だったが、数秒待っても何も起こらない。

「…?」

恐る恐る視線を上げた揚羽の視界に写ったのは、大きな瓦礫を一人で受け止める、見た事も無い過剰拡張者の姿だった。
それは悪魔か御伽噺の怪物か…到底、人には思えない。

「…どうしてこんな所に居るんだ。これじゃあ、俺がお前を遠ざけた意味が無ぇだろう」
「…っ、」

呆れたように言う、その声は十三のもの。
しかし機械の身体には、見た事無い重厚な装甲に鎧われた、巨大な右腕。
素直に恐ろしいと思った。
目の前に居るのは恐らく十三…、そう頭の何処かではわかっているのに、理解が追いつかない。
作り物の腕が、伸ばされる。

「揚羽…、」
「…やっ」

揚羽は瞠目し、がくがくと震えながら後退る。
クローネンに聞いた、GSUによる虐殺の話が脳裏に蘇った。
警報のように耳鳴りがひっきりなしに響いて、酷い頭痛に襲われる。

「来ないで…っ、」

思わずそう口走って、揚羽はその場に意識を失った。


**

戦いが終決した。
スピッツベルゲンの創設者、アンディ・ウォシャウスキーは死亡。
荒吐鉄朗のハルモニエは乾十三こと、GSU十三番機の能力を開花させ、新たな可能性を示した。
一方、戦いに敗れたセブンは大破し、ブリューレンが回収、その射手はEMSに連行された。
多大な死傷者を出した事件はスピッツベルゲンのテロ行為であるとされ、世間の批判は全て同組織に。
さて、一連の出来事で一番得をしたのは、果たして誰か。

「目が覚めましたか?」

メアリーに聞かれて、揚羽はゆっくりベッドから起き上がる。

「…此処は、」
「私の診察室です。昨日遅くに十三さんが運んで来たっすよ、彼女と一緒に…」

そう言ってメアリーが指した先、隣のベッドには、終戦記念公園のスタジアムで腕を切り落とされて倒れていた女性が横たわっている。
一命を取り留めたのかと安堵する反面、唐突にスタジアムでの事を思い出す。

「…十三、さんは」
「今は出掛けているっすよ。復興庁直轄の病院に用事があるみたいで」

そう言われ、何故かほっとする。
スタジアムで見た十三の姿…あれが本当の十三なのだろうか。
元々銃の形の頭は人間離れしていて、最初は揚羽も怖かった。
だが、昨日の十三は、それとも違う。
あれは禍々しく、邪悪で、人が思い付く最上級の殺傷能力と破壊力を秘めた、醜悪な何か…
核兵器など、きっと足元にも及ばない。

「…メアリー、あの人は、何?」

そう聞いた揚羽に、メアリーは表情を曇らせる。
過剰拡張者だとか、機械だとか、そんなありふれた事を聞きたい訳では無い。

『あの男は自分が兵器である事に甘んじ、敵味方関係なく虐殺しただけでは無い…自分の同型機すら手に掛けた外道…』

もっと根本的な、本質的な、納得出来る説明が欲しい。
あの人は何なのか。
十三の専属技師であるメアリーなら、明確な答えをくれるのではないかと、思った。

「見たんすね…十三さんの、本当の姿を…。『貴腐部隊』と言うのだと、十三さん、自分で言っていました。人として堕ちるところまで堕ちた者達…腐る事で尊ばれる存在だと」

貴腐部隊だなんて、国の為にあれ、自軍の為にあれと、いかにも戦時中の狂った軍上層部が好みそうなネーミングである。
反吐が出る。
そんな考え方で十三を作った軍にも、研究者にも、それを甘んじて受けた十三自身にも。
揚羽はきゅっとシーツを握る。
ぽつりぽつりと、メアリーが言葉を続ける。

「…十三さんは、誰より揚羽さんにあの姿を見られたく無かったんだと思います。本当の自分を見られたくなくて、知られたくなくて、だから揚羽さんを遠ざけたんだから」

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -