第八話

「あの男は国の為、人である事を捨てた。拡張前の記憶も、人生も、全て…そこにどんな信念があったかは、俺は知らん」

肉体を捨てての全身拡張…
当時は実験的ですらあった拡張技術に身を投じ、GSUは造られた。
長大な火力と、多彩な汎用性を持つ椎骨連結格納庫の存在で、彼らは悪魔的な戦闘能力を持つ兵器となったが、その機能を制限する為に『ハンズ』と呼ばれる制御装置と必ず対で行動していた。
十三が何故そうなる事を選んだのか、それが果たして彼の意思であったのか、今ではわからない。
そうまでして守りたいものがあったのかもしれない。

「終戦当時、非人道的な兵器の存在が明るみになる事を恐れた軍はGSUの廃棄を決定。それを拒否した数体のGSUが離反し、反乱鎮圧の為に駆り出されたのが乾だという話だ」

愛車のハンドルを握りながら、クローネンが言った。
反乱したGSUを、同型機である十三が破壊。
しかしその際に『ハンズ』が行方をくらまし、制御を失った十三は暴走、町一つを瓦礫の山に変えたという。

「わかったか。あの男は自分が兵器である事に甘んじ、敵味方関係なく虐殺しただけでは無い…自分の同型機すら手に掛けた外道…」
「…」
「本来であれば、終戦と共に滅びるのがあの男の人生だったのだ。だが兵器としての価値も今や無く、未練がましく生きているあの男を、お前は本当に愛しいと言えるのか?」

クローネンに聞かれ、揚羽は直ぐには答えられなかった。
十三が話したがらなかった過去は、揚羽が知りたかった事は、血と憎悪に塗れた話だった。
こんな話を聞いた後で十三に寄り添いたいと、理解したいのだと、本当に言えるのだろうか。

「…私は、」

揚羽はぶるりと肩を震わせる。
その時、クローネンの持つ通信機が鳴った。

「ああ、わかった。今すぐ向かう」

短く応じたクローネンが、ハンドルを切る。
何処へ行くのだろう、そう疑問に思った揚羽に対し、クローネンが言う。

「急用が出来た。このまま向かうぞ」
「急用…?」

急回転する車の助手席で、揚羽は考える。
十三が自らの過去を隠したがった理由は、本当にクローネンの言う通り、過去の汚点を知られたくなかったからなのだろうか。

『俺と関わる事で危険な目に遭わせるかもと、気付いてはいたんだがな…』
『もう俺に関わるな。俺とお前は、特別な関係は何も無ぇ…』

嫌いだと言われたわけでは無い。
しかし、人は物事の本質を自分の見たいようにしか見ようとしない。
彼の真意は何処にあるのか。
それは、十三本人に聞いてみなければわからない。
そして自分は…
彼の正体を知った今でも、十三が好きだと言えるだろうか。

「…此処で待っていろ」

不意にクローネンが車を停めて、言った。
窓の外を見上げると、除幕式も記憶に新しい、メガアームド斎の巨大な銅像。
その足下から、何やら煙が漂っている。

「終戦記念公園…と、火事?」
「何があってもあの公園に近付くな。そして、もしも俺の愛車が危険な時は、担いででも一緒に逃げろ。間違っても自分だけ逃げようとは思うな」
「そんな無茶な…」
「わかったな?」

クローネンの本気な顔に、揚羽は背筋を凍らせる。

「言っておくが、俺の情報は高いぞ。待ちながらせいぜい見返りでも考えておくんだな」
「…っ、」

凶悪な笑みで嘯いて、クローネンは車を下りた。
揚羽はつかつかと公園の方へ歩いていく背中を見ながら、とんでもない相手に情報を求めたのではないかと後悔を覚える。
先程から繰り返し、公園の方から響いた轟音と振動。
周囲には野次馬が集まり初めており、テレビ番組の報道中継までされ、その場は騒然としている。

「一体、何が起こっているの…?」

揚羽が車内から、煙の立ち上る終戦記念公園を見た、その時。
不意に鳴り響いた通信機の音に、揚羽は視線を巡らせる。
終戦から六年、分断された通信網は徐々に復興してはいるものの、その信用性や制度には疑問も多く、携帯電話はまだ庶民の間には余り普及していない。
回線の利便性から、アナログな黒電話を使用する者もまだまだ多い。
移動時の通信手段といえば、チャンネル回線を利用した無線の通信機になるわけだが、クローネンが持っていた物が、座席に放置されているのに揚羽は気付く。
勝手に出て良いものか、迷った。

「…はい、」

少し考えた挙句、揚羽は通信機の通話ボタンを「ON」にした。
クローネンは今居ない、そう言えば良いと思った。

「クローネン…、貴方今何処に居るの!? 終戦記念公園は今どうなっているのか報告を頂戴!!」

通信機から聞こえて来たのは、酷く焦ったような、女性の声。
矢継ぎ早に話し、揚羽が口を挟む隙を与えない。
自分はクローネンでは無い、彼は今居ない、そう予定通り応えようと思った瞬間。

「終戦記念公園で戦っているのはベリューレンのGSUと、乾十三で間違いないのよね? ちょっと、聞いているの、クローネン!?」
「…!」

どくんと心臓が跳ねる。
揚羽は通信機に応えるのも忘れて、激しく揺れる終戦記念公園を見た。

十三が、彼処に…

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