第五話

ばん!と音を立て、いきなり開かれた扉に十三は顔を上げる。

「クローネン…と、揚羽!?」

事務所の入口に死神のような冷気を纏わせ立っていたクローネンとは、何の交友関係も、まして約束も無い。
しかしその後ろに居る揚羽に、十三は瞠目した。
時間が遅いから、今日はもう来ないのだろうと思っていた。
しかし、彼女の乱れた服装…
汚れた衣服に、破れたストッキング、膝の傷を見て、何かがあった事を悟る。
それも、クローネンと一緒とは。

「…てめぇ、揚羽に何しやがった!!?」

かっと一瞬で頭に血が昇り、十三はクローネンに掴み掛かった。

「待ってくださいっ、この人は…」
「落ち着け、阿呆が。俺はこの女性が拡張者に襲われている所を助けただけだ」
「襲われた…?」

激昂した十三を慌てて止めようと進み出た揚羽に対し、掴まれたシャツを不愉快げに見下ろしながら、クローネンが言った。

「そうだ、俺は彼女を助けたのだ。貴様のような野蛮な拡張者が彼女とどういう関係かは興味も無い。だが、夜道を一人で歩かせるような間抜けに彼女を返すのは大いに癪だ」
「…っ、何だと…!?」

まさに火に油。
この二人が知り合いだった事もそうだが、犬猿の仲と言うべき険悪な雰囲気に気付き、揚羽は焦る。
思わず二人の間に割り込もうとした所、

「何の騒ぎっすかぁ?」
「十三、何をして…」

奥に居たらしいメアリーと鉄朗が現れる。
それに揚羽が気を取られた一瞬、バキッと背筋の凍るような音が響いて、揚羽は恐る恐る振り返った。

「…!?」

十三の拳が事務所の壁にめり込んで、それを寸でで避けたクローネンの拳が、十三の鋼鉄に覆われた横面を捉えている。
両者互いに自滅は明白。
クリスティーナが知ったら激怒するであろう惨状に、揚羽は目を見開いた。


**

「大丈夫みたいっすね」

十三の手の調子を確認しながら、メアリーが言った。
クローネンと引き離され、メアリーに簡易的な検査をされながら、十三は酷く不服げである。
その理由はわかる。

「…何で、揚羽はクローネンの野郎なんかを診てやがるんだ…」

そうぼやいた十三に、メアリーは耐え切れずに「ぷっ」と吹き出した。

「なぁに不貞腐れてんすか、十三さん? 揚羽さんは生身の人間専門のドクターなんすから、当然じゃないですかー!」
「…」

揚羽は今、十三を殴った事で負傷したクローネンの方を診ている。
つまり十三は、揚羽が自分よりクローネンを優先した、それが不服なのだ。

「十三さんて、案外可愛いっすよねー」
「…可愛いって何だ、可愛いって」

メアリーがニヤニヤと嗤っている。
十三はその愉快げな視線から逃れるように煙草を咥えると、火を付ける。


「だったら今すぐ揚羽さんの所に行って、俺以外の男に触れるなって連れ戻して来れば良いじゃないっすかぁ!」

(…声、大きいから)

隣室に居るメアリーの声は丸聞こえで、揚羽はクローネンの傷付いた手の手当をしながら、恥ずかしさに身を縮ませる。
一体何の話をしているのか、十三の声は良く聞こえない。

「あの過剰拡張者と、付き合っているのか?」
「!?」

不意にクローネンに聞かれ、揚羽はびくりと肩を震わせた。
路地で襲ってきた連中といい、クローネンといい、何故そう思うのか。
揚羽は慌てて、両手を振った。

「つ、付き合っていませんっ」
「その方が良い。拡張者など…ましてGSUなど人である事を捨てた狂人…それが今更人として生きようなど、烏滸がましい」
「え…、」

激しい侮蔑を込めて言ったクローネンの言葉を、揚羽は脳裏に反芻する。
『Gun Slave Unit』…?
その聞き慣れない単語に、何か嫌な感覚を覚える。
『Gun Slave Unit』とは何か、そう揚羽がクローネンに聞こうとした瞬間、隣室に続く扉が勢い良く開かれる。

「もう手当は終わったな? とっとと帰りやがれ、クローネン」

十三が親指を立て、くいと後ろを指した。
ちょうど包帯を巻き終わったところ、クローネンが立ち上がる。

「言われなくとも。貴様のような違法拡張者になど一秒たりとも興味は無い。だが、彼女は違う」

クローネンが不意に揚羽を見下ろして、言う。

「お前はこちら側の人間だ。この男と関われば、いずれ不幸になる。だから今からでも遅くは無い。身の振り方を考えろ」
「…!」

何か困った事があれば連絡しろ、扉が開かれる前にそう言われ、クローネンが渡してきた名刺。
そこには復興庁、拡張者対策局『EMS』の文字。
『Gun Slave Unit』…そこに揚羽が知りたかった、全ての答えがある気がした。

「…ってめぇ、余計な事をベラベラと」

十三が害虫を追い払うような仕草で、クローネンの背中に手を振っている。
揚羽はクローネンの名刺を十三に見られぬよう、そっと鞄の内ポケットに入れた。

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