第三話

結局、十三に抱き上げられたまま商店街を回る羽目になり、恥ずかしいのと十三の美声が腰に来るのとで、事務所に戻った時にはすっかり揚羽は涙目だった。

(…もうあの商店街には行けない…)

揚羽がそんな事を考えている間、十三は買った物をクリスティーナに渡しに上階へ登って行く。

「楽しめました?」

ニヤニヤと嗤いながら、メアリーが聞いてきた。
楽しめたなんてものじゃない。

「全っ然!!」
「…あらあら。十三さん、随分ご機嫌そうな顔で帰って来たっすけど」
「ご機嫌…?」
「そうそう。鼻の下馬鹿みたいに伸ばしちゃって」
「…メアリー、そんなのわかるの?」

思わず聞いた揚羽に、メアリーは何でも無いという顔で答える。

「まあ、付き合い長いっすからね。十三さん、揚羽さんと出掛けたの楽しかったんだろうなって」
「私は楽しくなんか無かったわ。いきなり抱き上げられて、下ろしてくれないし、恥ずかしくて死ぬかと思ったわ…」
「…ああ、それで」

メアリーの脳内で、揚羽の匂いや肌感、その他何やらを至近距離で堪能しながらデレンデレンに鼻の下を伸ばし切った十三の姿が浮かべられるが、揚羽はそんな事を知る由もない。

「まあ、十三さんも男っすからね」
「それって、どういう…」
「何話してんだ?」

クリスティーナのところから戻って来た十三が、揚羽とメアリーの会話に割り込んだ。

「別に、何もっすよ?」
「なら良いけどよ。一時間くらいで夕飯出来るとよ」
「…あ、それなら、私手伝ってきます」

そう言って、揚羽がソファから立ち上がり、十三の横を通り過ぎてクリスティーナの元へ向かう。

「手伝いますね、クリスティーナさん」
「あら、ありがとう。じゃあ、そこの野菜切ってくれるかしら?」
「わかりました」

揚羽は先程買ったばかりの野菜を流しで洗い、適当な大きさに切っていく。
クリスティーナに言われた材料で大体予想は付いていたが、今日のメニューはカレーらしい。
それでも十三達に揚羽、上の床屋さん一家を含めての分だからかなりの量になる。
コンロに鍋を二つ並べて調理を始めたクリスティーナは、揚羽が切った野菜を端から二つの鍋に入れていった。
後は野菜に火が通ればというところ、クリスティーナがふと口を開く。

「さっきも思ったんだけど…」
「?」
「揚羽ちゃん、好きな人いるでしょ?」
「え!?」

唐突なクリスティーナの言葉に揚羽は狼狽えて、目を見開いた。

「な、何ですか、急に…」
「だって、恋してる顔してるもの。違う?」

そう言われ、揚羽は思わず自分の顔に触れ、近くの鏡で確かめる。
自分では全くわからない。
まさか、十三にもバレバレなのだろうか。

「…私って、わかりやすいですか…?」
「まあ、男はわからないわよ。鈍感だから」
「はぁ…、それなら安心しました」
「相手は誰? 十三ちゃん?」
「!!?」

どうしてわかってしまうのか。
クリスティーナに何も言っていないし、あからさまに態度で表しているつもりは無いのに。

「十三ちゃん、真面目だし良いと思うわよ」
「…でも、私…」

自分は十三の事を何も知らない。
十三が他人を遠ざける理由も、自分を軽んじる節が多々ある理由も、彼の過去に全ての答えがある気がするのに、それを知るのが怖い。

「…十三さんは、誰かとそういう関係になるつもりは無いと、自分は愛される価値が無いと、私に言いました」
「そう…。十三ちゃんは自分からは言わないと思うけど、戦争で辛い経験をしているみたいだから。心を開いてくれるまでは、時間が掛かると思うわ」

だけど、とクリスティーナが続ける。

「私は十三ちゃんが、心を開ける相手が揚羽ちゃんであれば良い、そう思ってる。十三ちゃんに直接聞いてみたらどうかしら? どうして愛される価値が無いなんて思うのか、それが本当に自分の願いなのか…」

そう言われ、揚羽は踏み込む事に怯え、逃げていた自分に気付いた。
拒絶される事が怖かった。
だが、聞かない事には何も始まらない。
自分は、十三の事が知りたいのだ。


揚羽が居なくなった事務所では、メアリーと十三の会話が続いていた。

「…何ニヤニヤしてんだ、メアリー?」
「十三さんって、揚羽さんの事どう思ってるんですか?」
「どうって…」

言い淀んだ十三に、メアリーは確信を深める。
元来、十三は来る者拒まずだが去る者も追わない性格である。
他人に対しての執着が薄いというのでは無く、深く関わる事を極端に避けている。
それが、揚羽に対しては診療所に通ったりと、珍しく執着を見せている。
好きな女の傍に居たい、触れたいというのは、男の性だろう。

「十三さんも健全な男みたいで安心しました」
「…あ?」
「揚羽さんは彼氏いないっすよ」
「そんな事俺は聞いちゃいねぇ…」
「気になってるんすよね、揚羽さんの事が」
「……」

畳み掛けるように聞いたメアリーに、十三は煙草を咥えながら黙り込んだ。
沈黙は一番の肯定である。

「気になる女性には花でも贈れば良いんすよ、十三さん?」

何やら愉しげに言っているメアリーを他所に、十三は考える。
あの時…揚羽と町を歩いている時、揚羽は気付いてはいなかったが、こちらを見ている数人の視線を感じた。
その視線は決して好意的なものでは無く、十中八九、十三に向けられたもの。
普段なら気にはしないが、あの時隣には揚羽が居た。
彼女に危害を加えられぬようにと、十三は揚羽を抱き上げ過剰な防衛反応を見せた。

(…らしく無かったぜ)

そう反省しつつ、十三は煙草を灰皿に押し付ける。
揚羽は十三の正体も、GSUが何かも恐らく知らない。
自分と関わる事で揚羽をこちらの事情に巻き込みたく無いと思い深く関わる事を避けてきたが、中途半端な関係と曖昧な知識が彼女を危険に晒すなら、決意しなければならない。

「花、か…」

十三はふと、小さく呟いた。

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