もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ








食堂に来た怜奈ちゃんは、来たときと同じ格好をしていた
後ろには、仙蔵くんが怜奈ちゃんの学生カバンを持っていた


「怜奈・・・ちゃん・・・・?」
「ごめんね、壬琴、私帰るみたい」


私は呆然と怜奈ちゃんの名前を呼ぶしかできなかった
他に食堂に居る人たちも、あまり状況が飲み込めていなくて、ざわりと空気が揺れた
分かっているのはきっと、怜奈ちゃんと、仙蔵だけ・・・


「私ね、こっちにきて幸せだった。みんな優しくて、壬琴も居て。ここに居るなら、きっと壬琴は幸せになれるって思った」
「そんな・・・そんな消えるようなこと言わないで・・・・っ!」
「分かるんだよ、私。自分の体が今凄く軽くて、この世界の物が重すぎて何ももてないの」


きっと今の私は壬琴でもすぐに抱えられるよ、とからかうような口調でそういって笑う怜奈ちゃんは、とても今から消えるような表情じゃなくて
でも私には分かる、だって18年間一緒に居たから
瞳の奥にくずぶる悲しみがみえた
それでも、笑おうとしている、笑顔で居ようとしている
なら、私も・・・


「・・・私が狼として生まれてきたことも、怜奈ちゃんがこの世界に来たことも、こうして帰る事も・・・全部、決まってたことなんだよね」
「そう、だから、笑って、壬琴」
「・・・っうん・・・!」


悲しいよ、寂しいよ
心が叫ぶ、けどそれは表情に出しちゃだめ、それは怜奈ちゃんに対して失礼だから
私ができることは、笑うことだけ
笑え、笑え、私


「あ、そろそろかな・・・、仙蔵くん、荷物ありがとう」
「あぁ・・・どういたしまして」


にこりと笑う怜奈ちゃんに、仙蔵くんは持っていた学生カバンを渡した
怜奈ちゃんはやっぱりもてないみたいで、下においてしまったけれど、その持ち手は離さない
少しすると、怜奈ちゃんは居心地悪そうな表情をした


「・・・無重力って気持ち悪いね・・・」
「・・・そ、そんな状態なんだ・・・」
「うん、そうね・・・ね、壬琴、ひとつだけお願いしていい?」


半分浮いてるような体の怜奈ちゃんは、真剣な顔で言った
私はこくりと小さく頷く
そうしたら、怜奈ちゃんは文次郎を手招きした
「なんだ」
「あのね、私壬琴に幸せになって欲しいの。だから潮江くん、壬琴の事よろしくね」
「・・・あぁ、任された」
「壬琴、私壬琴の相手は潮江くん以外居ないと思ってるの、だから、ちゃんとその気持ちに気がついてね」
「・・・え、あ、うん・・・?」


自信のない返事!と怜奈ちゃんは私を笑った
そして、とん、と床を蹴った
浮き上がった怜奈ちゃんの体は、次第に発光する
そんな怜奈ちゃんは、笑っていた


「幸せになりなさい、壬琴」
「うん・・・うん・・・っ!」


私に笑って、そしてくるりと振り返る
その視線の先には仙蔵くん


「好きだったよ、仙蔵くん」
「・・・あぁ、私も、嫌いじゃなかったよ」
「・・・ありがと」


幸せそうに、怜奈ちゃんは笑って、光とともに、消えて、後には何も残っていなかった




外は、満月だった



天女様は満月に帰る








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