もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ








「壬琴」
【!・・・文次郎?】



振り返れば文次郎が居た
・・・そっか、私、小屋を抜け出して・・・
文次郎は廊下から降りてこちらまで来てくれた
そして、どうした?と声をかけてくれた
その声音がなんだか優しく聞こえて、私は嘆いた


【つらいよ・・・】
「・・・忍狼になるための訓練が、そんなにきついのか?」
【・・・ちがう、ハチも蒼兄も、みんなちゃんと教えてくれてわかりやすいよ・・・訓練自体がつらいわけじゃないよ】


文次郎はその言葉を聞いて、ならどうしてだ、いってみろ、と声をかけてくれた
私はその言葉に甘える形になって、吐き出した


【でもっ・・・・・・でも、同じ人を殺して食べるなんて・・・・できないよ・・・・】


きっと、生まれ変わったのが人間だったら、こんな風に悩むこともなかったはずなのに
どうして私は狼なんだろう
どうして人間じゃないんだろう


「・・・・・・同じ、人?」


文次郎の声にはっとした
・・・私、なんていった?


でもっ・・・・・・でも、同じ人を殺して食べるなんて・・・・できないよ・・・・


思い出してサァッと血の気が引いた
今は毛で見えないけれど、人間だったら私の顔は真っ青になっていたことだろう
絶対におかしい人・・・この場合狼かな、と思われた
文次郎は私に名前をくれて、構ってくれて、話してくれる人だったのに・・・嫌われる・・・っ
私はその場から一目散に逃げ出した
文次郎の声がした気がしたけど、私は聞こえない振りをした



―――――
side:文次郎



「おいっ!壬琴!!」


叫んでは見たものの、その背中は既に小さくなり、俺は舌打ちしてその背中を追いかけた
『同じ人』とはどういう意味なのか
その言葉に、どこかで納得した自分がいた
いくら頭がいいからといって、野良で名前のなかった壬琴が、人間の字を読めるか、帳簿の間違いを指摘できるか
否、普通はできないはずだ
けれどもし、その中身が人間だったとしたら
それはなんらおかしいことではない

前を走る壬琴は、さすがに狼なだけあって足が速かったが、体格がまだ子どもであるから、同じ距離を保って追いかけられる
まあ、追いつけもしないわけだったが
しかし、逃げる先には学園の壁、もう逃げられないだろう、そう思った




逃げる狼 追う人間










- 14 -