もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

"おかえり"を君に


とん、と闇が深い部屋で扉が閉まる音がした
つ、と頬を暖かいものが伝う
そして、吹くはずなどないはずなのに、頬を撫でる風
風は私を慰めるように吹く


『茜・・どうしたの?』
「・・・なんでも、ない、よ・・・」
『嘘だよ。だって何もなかったらなかないでしょ?』


何も居ないはずなのに聞こえる声
だれも居ないはずなのに見える影
実体などないはずなのに拭われる涙

見えなくても、彼は、勘ちゃんはここにいる
そう感じるたびに私はやりきれない気持ちになる


『あーあ、体があったら、茜の事思いっきり抱きしめて宥めてあげられるのに』
「・・・ごめんね」
『やだな、茜のせいじゃないっていつも言ってるでしょ?』


ぽすぽすと頭を撫でるように風が動いた
勘ちゃんは気にしなくて良いとそういうけど
でも、殺してしまったのは私のようなものなのに、と
そういう度に勘ちゃんは苦笑するような空気を醸し出す


『あのね、茜。あれはどうがんばってもどっちかが犠牲にならないと帰れなかったの。茜を生かそうとして庇ったのはおれの意思なんだから、茜のせいじゃないって』
「でもそうなったのは私の・・・!」
『こら、あんまり気にするなっていつも言ってるでしょ?おれは後悔なんてしてないんだから』


くるくると変わる気配
それは彼が死んだなどと感じさせないほどに
生きていると錯覚させるほどに
触れられないことが、これほどに辛いだなんて
本当に、失ってからしか気がつかない


『喋れるのに、触れられないって、もどかしいね』


以心伝心のように、勘ちゃんがそう呟いた
似たもの同士だから惹かれあったのかな?
それなら私はきっと勘ちゃん以上に私と似ている人を見つけることなんて出来ないよ


「勘ちゃん・・・ね、私もそっちに行きたいよ・・・」
『だめ。茜が"こっち"に来たら、おれの死んだ意味なくなるでしょ?』
「だって・・・っ勘ちゃんの居ない今は、辛いよ・・・」
『おれはここにいるのに・・・』


ふるふると首を振る
そこに"存在"()ても、"触れられ"()ないんじゃ、意味ないよ
そう零して
勘ちゃんは困ったように笑った
ごめんね、困らせたいわけじゃないんだよ


『じゃあさ、茜、約束』
「やく、そく・・・って・・・?」
『"次"は絶対に一緒に居よう、死ぬまで』



その言葉に、私は目を見開く
輪廻転生というやつだろうか
いつの間にそんなこと知ったんだろう
驚きが顔に出ていたのか、勘ちゃんは悪戯が成功したかのように笑う
雷蔵が昔言ってたんだよ、と付け足して


『絶対一緒に居るから、"今"は絶対に死なないでね』
「・・・ほんとに絶対・・・?破ったら私、死んで化けてでてやるからね・・・?」
『あは、怖いな、茜。でも約束するよ、絶対』


「・・・はじめ、まして、私空峰茜って言います」
「おれは尾浜勘右衛門。ただいま、茜」
「っ!勘・・・ちゃん・・・!」


"おかえり"を君に