もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

其れが答えだった


雨が降る
容赦なく、誰にでも平等に


「風邪引くぞ、茜」


ざり、と後ろで足音がして、かけられた言葉
既に身体は濡れそぼって、このままここにいれば、風邪を引くのはわかり切ったこと
暖かくなってきたとは言え、日が落ちれば、まだ寒い
それでも、動けるとは思えなかった


「・・・・・・ありがとうございます・・・でも、今は帰って・・・」
「・・・お前な・・・そんな顔で言われても、帰れねーって」


そんな顔って、どんな顔?なんて言葉もいえない



横たわる屍
穏やかとは言いがたい表情で、もう冷たい身体
兄の、亡骸
歳の離れた兄では、あった
危ない仕事についているのも、知っていた
忍者だって、分かってた
・・・つもりだった


「・・・茜・・・」
「ごめんなさい・・・兄さんが・・・迷惑、かけました・・・っ」


亡骸の前で座り込んで
後ろの、留三郎さんが困ってるのは、分かってる
それでも、彼がどこにも行かないのは、きっと私のことを分かっているから


「・・・梃子でも動かないんだろ」


後ろでため息を一つついてそういった留三郎さんは、私の横に座り込んだ
黒い服
喪服のようにも思えるけれど、それはただの忍装束
彼もまた、忍者


「・・・伊作は、最期まで伊作だったよ」
「・・・そう、だと思います・・・だって兄さんですから・・・」


留三郎さんが自然に、腕にやった手
その手の先は、兄さんが治療したであろう、包帯が巻かれていた


「ったく・・・お前、妹置いてまで、俺を守る価値があったのかよ・・・伊作・・・」
「兄さんには・・・きっとあったんです・・・留三郎さんを守る、価値が」


きっと私が留三郎さんを恨めないのは、きっと兄さんが留三郎さんを好きだったから
楽しそうに留三郎さんと一緒に居る兄さんを、見ていたから
それが恋慕か、親愛か、私は知らない
・・・それでも私は・・・


兄さん、貴方をお慕いしてました
「茜・・・?」


不思議そうに私を呼んだ留三郎さんに、私は首を横に振って
最後のお別れ、とばかりに横たわった兄さんの首に手を回して抱きしめた
伝わる熱は、冷たい


「兄さん、私は兄さんの妹で幸せでした・・・ありがとう、伊作義兄さん」


背を向ければ、もう会えないことは知っていた
それでも、私は行かないといけないから


「留三郎さん、兄さんを、お願いします」
「・・・あぁ」


薄情な妹に見えたでしょうか
それならば、それでもいいでしょう
敵襲!敵は・・・一人です!
なんだと!何故てこずるのじゃ!
分かりま・・・ぐあぁ!
っひ・・・っ

後に生き残ったのは、彼だけ




其れが答えだった