もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

ココロの距離



夜風が吹き、遠くの森をざわめかせる
空に浮かぶ月はなく、暗闇だけが街を支配する


「・・・大丈夫かな・・・」


ずいぶんと前に、どこかの城の忍者になってから街に帰ってこなくなった同い年の幼なじみ
彼曰わく、夜は忍者のゴールデンタイムだという
いつも寝る前に、あぁ、これから尊奈門は仕事なのかなって思うと、心配でたまらない
私は彼にとってただの幼なじみだったけど、私は彼が大好きで
だから私は尊奈門が忘れられずに居る
こんな思いでどこかに嫁ぐのだって、先方に迷惑がかかるからって全部お断りして
親にだって、もう雪斗は行き遅れね、とため息混じりに言われる


「尊奈門・・・」
「なんだ?」


ぽつり、と呟けば、後ろから帰ってきた声
慌てて振り向くと、そこには忍装束を纏った人物・・・まさに今まで気にしていた尊奈門だった
私はびっくりしてどうして良いか分からず、ただ振り返った体制のままで止まってしまった


「雪斗?」


訝しげに私の名前を呼んだ尊奈門に、私ははっとする
慌てて、何か言わなきゃ、と思えば真っ白になる思考「あ、えっと、その・・・」


はなそうとすれば纏まらなくなる思考に、意味のない繋ぎの言葉しか出てこない
そうしてやっと出てきた言葉は、とてもありきたりなもの


「げ、元気だった・・・?」
「風邪もひかなかったけど・・・雪斗はそれが言いたかったのか?」


待たせた割に、と言った感情を含んだ返事
私は少し泣きたくなった
肝心なときに言葉が出てこないだなんて、なんて意気地なしな私
俯けば、目にたまってきた涙がこぼれそうになる


「雪斗は、変わらないな」


ぽつり、とそう言葉か降ってきた
え、と私が理由を聞こうとすると、ぽすりと頭に乗せられた手


「どうして良いか分からないと、かならず俯いて泣きそうになるだろ」
「・・・泣いてない、よ」


手の温かさは変わらない
何も変わってないよ、あのころと
声も大人っぽくなって、背も越されたけれど
心の距離は、変わってない


「尊、くん・・・」
「その呼び方も久しぶりだな」

ダメだよ、そうやってあなたが優しいと、私はあなたをあきらめきれなくなる
「そういえば、雪斗、まだ嫁いでないんだってな」
「・・・行き遅れで悪かったですね」
「違う、そういうことじゃなくて」


今まで降ってきていた声が、急に目の前になる
しゃがんだ尊奈門の足下が見えた


「もし、雪斗がいいなら、諸泉雪斗にならないか?」


びっくりしてぱっと顔をあげると、顔を少し赤くした尊奈門の姿
ぽろり、と涙がこぼれる
あたふたとし始めた尊奈門に、私は首を振る


「悲しいんじゃないよ、・・・私で、良いの?」
「当たり前だろ」


心の距離は変わったけれど
遠いわけじゃなくて、近くなっただけ




ココロの距離