もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

後悔後先たたず





苦しいよ
ねえ、苦しい
凄く苦しいの
何で?ねえ、何で?どうして?


「ねぇ、留くんー」
「ん、どうしたんだ?」
「あのね、えっと・・・だいすき、だよ」



その後ろ姿は幸せだと叫ぶ
その後ろ姿は私を絶望へ導く

ねえ・・・ねえ、留三郎・・・
私は貴方にとって、迷惑な存在だったの?
いらなかったの?私
なら早く言ってくれれば良かったのに
そしたら、私はこんなにも貴方にのめりこむことは無かったのに


「ねー、留くん。留くんって、婚約者さんがいるってほんと?」
「あー・・・居るには居るがな、あいつ、よくわかんねぇから・・・。そんなに好きじゃないし、どうせ親に決められた婚約者だからな。俺が好きなのはお前だけだよ」
「ホント!?ふふっ、ありがと、留くん」








ぐさぐさと留三郎と天女さまの会話が私を突き刺して、突き刺して突き刺して
いっそ私のことを本当に突き刺して殺してしまえばいいのに
それくらいに私は辛いのに
貴方の手で逝けるのならば本望ともいえるのに
貴方は私を地獄へ突き落として、自分から死ぬように仕向けるのね
酷いわ、でも、そう・・・仕方ないの
私は留三郎にとって大切な人じゃなかった
ただの迷惑な女だった

―――・・・なら、居なくなっても、良いよね?

私は首元に小刀を宛がう
かちり、と小さく音がした


「・・・さよなら」
「そうはさせませんよ」
思い切り刀を引こうとした手は、思わぬ人物によって阻まれた
掴まれた手は、五年の鉢屋三郎のもの
ここはくの一長屋だというのに、なぜ


「雪斗先輩、思い切り良すぎですよ」
「鉢屋には、関係ないわ」


掴まれた手を振り払おうと腕を動かそうとする
けれど掴まれた腕は動かない
きっと鉢屋を睨む
女と男の差をこんなところで感じるだなんて、屈辱だわ


「離して」
「離したら雪斗先輩死のうとするでしょ、ダメです」
「・・・っ最期くらい私に決めさせてよ・・・っ」


だめ、感情が高ぶる

だって好きだったんだもの、本気で
例え最初は親に決められて仕方なく一緒にいたのだとしても
内面を見て、貴方に惹かれたのに
貴方は私を好きではなかったの
初めて恋をした人
私は貴方のために何でもしたいの


「ね、先輩。どうせ死ぬならその命、私にくれませんか」
「・・・あげ、る・・・?どういうこと・・・」
「私は雪斗先輩を裏切らない、絶対に。捨てたりしないし、一生先輩を愛します。だから、先輩、私にその命をください」


まっすぐな視線に、嘘は無いとくの一の私が叫ぶでも、それでも私、は・・・


「留三郎を裏切ること、は・・・」
「先に裏切ったのは食満先輩のほうでしょう」


二の句が告げない
それでも、私は留三郎を信じていたい
だから、一つだけ条件をつけた


「留三郎が・・・本気であの天女様を愛しているのなら、きっと家に婚約を破棄する連絡をするなり、私に話すなりしてくるはずだわ。だから・・・それまでは、信じさせて」
「それで雪斗先輩の気が済むのなら」


そういって彼は事も無げに私に約束をした
私は、ずっと見てきた留三郎を信じたかった
それでもきっと、答えはずっと前に出ていたはずだったのに
信じていられたのなら、私は逝こうなどとは考えなかっただろうに





「すまん、雪斗、ちょっといいか?」
「留三郎?・・・それはここでは話せないこと?」


答えはきっと、分かってる
彼は婚約を破棄するように家に連絡を入れてくれないか、と
そういった
あぁ、ダメだったんだ
ここでおしまい
私と彼はこれから他人、ただの、同じ学び舎で育った、他人になってしまった
私は実家に連絡を入れることに頷く
さようなら、私の好きな人

留三郎は私が了承すると、すぐにどこかへいってしまった
きっと天女様の元へいったんだろう
その後ろ姿を見送ると、ふっと後ろに近づいた気配
そして後ろから声がかかった


「それで、気は済みました?雪斗先輩」
「・・・ありがとう、鉢屋」
「いーえ、愛する先輩のためならコレくらい」


私は鉢屋のその言葉に振り向く
柱にもたれかかった鉢屋
彼は私に手を差し出した


「さて、この手を取ります?先輩」


私は意地の悪いように笑った鉢屋の手を、取ったごめんなさい、留三郎
私はもう決して貴方の元へは戻れないわ
それでも私は貴方が好きだったのよ


「捨てないでね、三郎」
「もちろん、私が雪斗を捨てるわけ無いさ。やっと手に入れたんだから」






後日
学園がにわかに騒がしくなった
どうやら、天女様が居なくなってしまったらしい
けれど、それは天女様を探す声ではなく、己を嘆く声
けれど私は関係ない


「先輩達も馬鹿だな、あんな得体の知れない女に手を出した挙句に、このザマだし」
「"先輩"としては耳が痛いわ・・・でも、そうね、鍛錬を怠った彼らはどうするのかしら・・・」


くすり、と三郎が笑う
寄りかかっていた木から背中を離し、三郎が私の膝の上に頭を乗せる
私はそれを嫌がることもせずに受け入れる


「三郎、食満が来たら、どうする?」
「雪斗とよりを戻したいってことか?戻させるわけ無いだろ、雪斗は私のものなんだから」
「そうね、私のすべては、三郎のものだものね」


くすくすと笑い会う木の下の私たちは、あえてそうして笑ったのだ
その木の上に、食満が隠れていることを知りながら、その上の人物に聞こえるように





後悔後先たたず