もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

不意に視線が絡まったのは、きっと、






好きになるのに、理由なんてなくて
ただ、最初は一年生のときに、上級生を落とす罠を仕掛けられるって凄いなって思ってただけだったの
だけど、いつの間にか、気がつかないうちに目で追うようになってた
それだって私はずっと気がつかなくて、友達に言われて始めて気づいたこと
・・・でも、彼は穴掘りに夢中で、きっと私なんて見てくれないのはよく分かってるの


「あ、茜、ほら、綾部いるよ」
「うん、そうだね」


私の肩を叩いて、知らせてくれる友達に、私はただ頷いて
遠くからその姿を眺めた
手鍬と踏鍬を持って、薄紫の髪を揺らすその後姿
それを見れるだけで、私は満足なのだ


「・・・ホント、欲がないわね、茜」
「見てるだけでいいんだよ。だって綾部くんは、穴掘り小僧だもん」


アンタ見てると、ホントくのたまに向かないって思うわと言いながら、横に立った友達はぐしゃぐしゃと私の頭を撫でた


「行きましょ、そろそろ行かないと、授業に遅れるわ」
「うん」


綾部くんに背を向け、もう一度だけ彼の姿をと振り返ってから、私は急かされて早足に先を歩く友の背を追った




―――――




遠ざかっていく背中を目で追いかける


「喜八郎!こんなところにいたのかっ、そろそろ授業が・・・なにを見ているんだ」
「あれ、滝、いつの間に居たの」
「話しかけられたらちゃんと聞けといつも言っているだろうっ!」


まったく、とぶつぶつと言いながら僕の襟を掴んでずるずると引きずる
細い身体に見える滝は体育委員なだけあってか、僕を引きずることが出来るのは、凄いと思う
自慢じゃないけれど、穴を掘っているので、僕は筋肉がついているから
よく滝にも、引きずられていても重い!と文句を言われるし


「まったく・・・そんなに気になるなら、話しかければいいだろう?お前が見ていたのは茜だろう?」
「わあ、滝が鋭い、明日は雨かな」
「話をそらすなっ!」


ずりずりと僕を引きずりながら、滝がため息をついた


「・・・そろそろ歩かないか」
「仕方ないなぁ」


滝に言われて、僕は立ち上がると、滝の横に並んだ


「茜に好いているとは言わないのか」
「言っても無駄だよ、あの子が見ているのは僕じゃないもの」
「だが、そうとは限らないだろう」


理解できないと言ったように、滝が僕を見る
分かってるよ、だって彼女には好きな人がいるから


「滝が分かってなくても僕には分かってるの」
「・・・そう言って彼女を逃しても、私は知らないぞ」


梃子でも動かないと分かったのか、滝は僕を説得するのをあきらめた
そのまま何も喋ることなく、僕らは実技の教科に向かった




―――――




手鍬と踏鍬を持った綾部くんを見てから、その後二日、綾部くんだけじゃなくて、よく私に話をしてくれた滝夜叉丸くんをはじめとした、四年い組を見なかった
他の人の情報によると、四年い組は実習で、三日ほど出かけているのだという
けれど、い組で優秀なものが多いからと、少しだけいつもよりも難しいものらしい


「大丈夫かな・・・」
「平気でしょ、だってあの綾部よ?」
「綾部くんもだけど、滝夜叉丸くんも・・・」


私の隣にいた彼女は、アイツの話を聞けるのはアンタだけよ、とちょっとだけ呆れたように言った
・・・滝夜叉丸くんのお話って、面白いんだけどな・・・




そうして翌日、四年い組が帰ってきた




軽いとはいえない負傷者を連れて




「あ・・・やべく・・・ん・・・?」


いつもの飄々とした表情はなくて、青白い顔で滝夜叉丸くんに背負われて、医務室に向かう姿
私は座り込んで、その場で泣いてしまいたかった
嫌だ、彼が死んでしまうなんて、そんな、だってまだ、想いを伝えてないよ
私は泣いてしまいそうになる自分に叱咤して医務室に運ばれた彼を追いかけた




医務室を覗けば、そこには紫色の制服がちらほら
仕切りをたてたその向こう側に、きっと綾部くんはいるんだろう
今は、ダメだ、だって保健委員の迷惑になるから
私は医務室に背を向けた
けれど、不意に後ろから名前を呼ばれた


「茜?」
「あ・・・滝夜叉丸くん・・・」
「・・・喜八郎が心配なのか?」


どうやら彼にはお見通しらしい
私はうろうろと視線をさまよわせたものの、小さくこくりと頷いた
滝夜叉丸くんはふっと笑うと、私を医務室に招き入れた


「あの、迷惑じゃ・・・」
「迷惑なんかじゃないさ、むしろ、喜八郎は外見こそ重症だが、実際はそうでもないからな」


滝夜叉丸くんの言葉に、私はきょとりと疑問符を浮かべた
ついたての向こうがわに連れて行かれて、綾部くんと引き合わされる
その呼吸はとても落ち着いたもので、青白かった顔も、元の色に戻っていた


「喜八郎はな、命にはまったく別状はないが、少しだけ血が出やすいところを切ったせいで貧血になっただけなのだ」
「そう、だったんだ・・・」
「だから茜が心配する程大事じゃないさ」


またすぐに穴掘り小僧に戻る、という滝夜叉丸くんの顔は、とてもやわらかいもので、綾部くんの事、よく文句言っているけれど、やっぱり大切にしているんだと分かった
そんなことを思っていると、下からうめき声


「喜八郎?」「綾部くんっ?」


滝夜叉丸くんと一緒に綾部くんの名前を呼べば、そろりと開けられるまぶた
私はよかった、と声を漏らした


「・・・何でここに茜がいるの?」
「お前を心配してきてくれたんだ、馬鹿者」
「あの、迷惑なら、私帰るから・・・」


不思議そうに質問した綾部くんに、滝夜叉丸くんは少しだけ呆れた顔で言った
私が言った言葉に、綾部くんは首を横に振って答えた


「私は退散するぞ、茜はまだいて構わないからな」
「うん、ありがとう、滝夜叉丸くん」


そういって手を振れば、軽く手を上げて答えてくれた
綾部くんに向き直れば、じっとこちらを見つめる目
私は思わずその目に身じろぎした


「あ、綾部くん・・・?」
「茜は滝夜叉丸が好きなんじゃないの?」


その質問に、私はきょとりとした
滝夜叉丸くんが何で出てくるんだろう・・・?


「私と滝夜叉丸くんはお友達だよ」
「・・・ふーん」
「・・・あの、私が好きなの、は・・・」


私は言いかけて、けれど無駄なことだと口をつぐんだ
綾部くんが、そんな私を見て、起き上がろうとするので、慌てて私はそれを制する


「ダメだよ、まだ起き上がったら・・・」
「僕は穴を掘ることが好きだけど、それと同じくらい茜も好きだから」


えっと私は声を上げて、私は綾部くんを見た
彼は、ただいつも通りの無表情で、私を見ているだけだった





不意に視線が絡まったのは、きっと、





―――――
こんな感じで宜しかったでしょうか・・・
正直両片思いってものすごく美味しいけど書いてる私もじれったいあぁぁぁ!とか思ってましたが、良い経験をさせていただきました
リクエストありがとうございました!

美音様のみお持ち帰り可です

【title by】 確かに恋だった 様