05.いいけど、君が下ね 私は彼が好きでした ただ見ているだけで幸せでした 先の丸まった長い髪も、まんまるな目も、ゆるく笑う笑顔も、友達と会話する少し意地悪そうな顔も 全部全部、大好きなのです 私はそんな彼を見ているだけで幸せになれました 私は、それ以上は望んでなど居ませんでした だって、彼は先輩で、雲の上のような人で、私のこの感情が憧れなのか、恋情なのか分からなかったからです 「・・・っ」 私は口を塞ぎました また・・・ ―――― 心の中でそう呟いたのは、何人いたのでしょうか? 見る度に変わる女性の影 今度は誰なのでしょうか くのたまの先輩ですか?それともまったく知らない町娘? きっと見た目麗しい先輩だから、付き合いたい人は後を絶たないのでしょう 先輩の隣に佇む女性の姿を見る度に、所詮私も、尾浜勘右衛門という名の美しい花に誘われた数多の虫の一匹でしかないということを思い知らされるのです 「茜・・・」 「分かってます、叶わない恋だって・・・ごめんなさい、三木・・・」 この頬を伝う涙も、いつかきっと過去のものに出来ると信じているのです 三木が私を心配そうにしているけれど、すぐにはきっと、この思いを捨てることは出来ないと分かっています その度に、三木には迷惑をかけてしまうのでしょう・・・ 「尾浜先輩は、女癖が悪いから・・・だから、茜は気にしないで、乗り越えたら新しい恋をすればいい。きっと、茜ならいい人を見つけられるはずだからな」 「・・・ふふ、三木は、僕が、なんていってくれないのですか?」 「茜は僕をそんな対象に見れるか?」 まだ目は赤いけれど、笑みを形作ってそういえば、三木はおどけたように質問を質問で返した 私はそれに、無理ですね、と笑うと、三木も僕も同じだ、と笑った いつも、私はこの幼馴染の従兄弟に助けられてばかりなのです ――――― 「なあ、勘ちゃん」 「うん?」 兵助に呼ばれて振り返る 兵助は微妙そうな顔で俺を見た そんなに変な顔してるかな? 「勘ちゃんさ、最近女の子取り替えすぎじゃないか?」 「・・・そう?」 「なんか忘れたいみたいだ」 変なところで鋭いなぁ、兵助は 俺はそうおもいながら、気のせいじゃない?と笑った 5年の付き合いだから、きっと嘘なのはばれているけれど そうしてふと視界に入った紫と桃色 笑いあうその姿は仲睦まじくて、俺はひそかにこぶしを握った ――――― 「どうしても諦めきれないなら、一度言ってしまえばいいじゃないか」 「だって・・・私は欲張りですから、そのほか大勢の中の一人では、きっと・・・」 「・・・それでも、気持ちの整理は付くとおもうんだが」 「・・・そう、ですか?」 そうだよ、と三木が言えば、なんだか私もそんな気がしてきて なら、明日にでも、と私は笑ったのです 「尾浜先輩」 「うん?どうしたの?」 偶然一人で廊下を歩いていた尾浜先輩を呼び止めて、私はぎゅっとこぶしを握り、そして尾浜先輩を見上げました 「私、尾浜先輩が好きです!迷惑なのは分かってます。でも気持ちだけでも伝えたくて・・・。いきなり、すみませんでした・・・っ」 私はそれだけ言って、くるりときびすを返すと、その場から逃げ去ろうとしました けれどそれは後ろから伸びた手によって阻まれて 掴まれた腕を引っ張られて、すぐ横の部屋に引きずり込まれることになりました 「っ!?」 突然のことにびっくりして、けれど私の身体はとさり、と小さな音を立て、痛くないように配慮されて畳の上に倒されました 視線の先には、にこりと笑う尾浜先輩の顔 「やっと言ってくれた」 「尾浜・・・せんぱ・・・い?」 「俺も茜のことずっと好きだよ。愛してる」 引き寄せられた花は、美しい花ではなくて、幻影を纏った蜘蛛でした 私は蜘蛛の巣の主である先輩の下で、愛を囁き、刻み込まれ、私もただそれを返すだけでした いいけど、君が下ね * - * - * - * - * - * - *- * - * - * - * - * - * - * 【title by】青い如雨露様 戻 |