もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

それは熟れた唐柿のように


かたん、と天井から音がして、板が外された
私は身構えて、ぽっかりと開いた天井の穴を睨む


「誰!?」
「そう身構えるなよ」
「え、三郎?」


聞こえてきた声に、私は一気に緊張が抜けた
天井からすたりと降りてきた三郎に、私は呆れたように声をかけた


「いきなりどうしたのよ。今日は起きてたから良かったけど…」
「私は寝てることを期待していたんだけどな」


三郎の言葉に、私ははぁっ?と驚きの混じった言葉を返した
寝てたのを期待してた、とか


「なにそれ、夜這いみたいじゃない。まぁ、驚かそうっていったって簡単には驚いてやらないけど」


私はそこまで言って、三郎に背を向け、文机に向かった


「いつばれるか分からないんだから、ほら、帰った帰った」


パタパタと手を振って、私は三郎を帰そうとする
でも、そんな私の行動にはお構いなしに、三郎は私の近くに寄ってきた
思わず、迷惑そうな顔をしてなによ、と振り向くと、丁度唇になにかがあった


「っえ」
「ご馳走サマ、茜」


三郎の方に向けば、彼がにやりと笑って
私はなにが起きたのかやっと分かると、顔に熱が集まるのが分かった


「っ三郎!なにす・・・んっ!」


夜分にも関わらず、大声をだそうとすれば、再度ふさがれる口
苦しくて、三郎をバシバシと叩く


「・・・っはー・・・・・・なに、するのよ」
「言っただろ?"夜這い"だって」


してやったり
三郎の顔はまさにそれだ
私は三郎を睨むと、その襟元をぐいっと引っ張った
三郎は崩された体勢を立て直そうとせずに、私に向かって倒れ込む
私はいつもは座っても高い位置にある頭が、今は私よりもしたにあるので、ぱしりとはたく


「そう言うものは、好きな子にやりなさいよ。三郎なら選り取り見取りでしょ」
「本当に欲しいと思うヤツは振り向いてもくれないけどな」
「へぇ!そんな子いるのね」


私の声がにわかに弾んだのを感じた三郎が体を起こして、私をじとりとみた
私はなんのことかしらーと言わんばかりににこりと笑う
しばらくそのままが続いて、それは三郎がため息をつくまで続いた


「まぁ、茜の言い分は分かった」
「そ?なら今すぐ帰りなさいよ」
「用事が終わったらな」


三郎のセリフに、私は疑問符を浮かべた
用事なんて、くのたま長屋なのにあるのかしら?
そんなことを思いながら、三郎を見れば、三郎は急に真剣な顔をした


「な、なによ」


普段、友達として見る顔とは違うその顔に、私はどきりとする
そして、その先の言葉に期待する私がどこかにいた


「茜、好きだ」
「―――――・・・」



ずるい
私は呟いた
三郎はやっぱりいつもよりも真剣で
さっきの『本当に欲しいと思うヤツは振り向いてもくれない』なんて、嘘だわ
・・・だって・・・


――――嫌いだったら、問答無用で部屋から追い出してるわよ



恥ずかしさから私はふいっと顔を横にそらして、そう呟くように告げた
たぶん、私の顔はさっきよりももっと真っ赤なんだろうな
三郎が笑う気配を感じながら、私はただ顔をそむけるという無駄な抵抗をするだけだった




それは熟れた唐柿のように