もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

叶わない恋を胸に


「久々知くん!タカ丸くん!三郎次くん!伊助くん!お疲れ様!」
「あ、桔梗さん!」
「わー、桔梗ちゃんだ」


遠くで聞こえる楽しそうな声
それを聞きながら、私は奥で作業をしていた
唯一のくのたま火薬委員である私は、久々知兵助先輩に恋をしてる
私が火薬委員会なのも、それがあるからといってもいい

・・・けれど、最近の先輩は、なんだかおかしい
空から落ちてきた女性、桔梗さん
彼女は落ちてきてから少しして、学園に溶け込んだ
それこそ、ずっと前から居たときのように
・・・それを、不思議に思わない忍たま
くのたまの友達も、みんな桔梗さんが大好きで
私だけが、桔梗さんを好きになれなかった
もちろん、私もくの一を目指す身だから、表情を出さないのはお手の物で
人を騙すのはうまいって、あんまり嬉しくない太鼓判を押された私の技術に、今だけは感謝したくなる

私は小さくため息をついて、考え事をしてとまった手を動かした








そんな日々を送っていたある日
私は眠れなくて、一人で池のほとりにある樹の上に居た
満月が空で雲の隙間から見え隠れする
ぼぅっとしながらそれを見ていると、下から話し声が聞こえた
・・・この声は・・・桔梗、さん・・・・?


「次の新月に」
「その日ならば手薄なのだな?分かった、そう伝えよう・・・ばれぬうちに早めに帰って来い、桔梗」
「分かってるわ、でも大丈夫よ」


私はその次の言葉に、唇をかみ締めた







この学園の奴等は、疑うことを知らない、馬鹿ばっかりだもの








忍者を目指す子どもだけれど、学園に居る間はみんなそれをしない様にしているのに
最初から疑ってかかるのは、忍びをしているときだけなの
卒業したら、優しい箱庭のこの場所と同じようには生きていけないから
それまでは、優しさに甘えているだけなのに

私はそこまで思って頭を切り替えた
忍びとしての責務を果たすため、私は息を潜めたまま、その二人が居なくなるのをまった

・・・桔梗さんは、どこかのお城の回し者
私はどうやってそれを伝えればいい
私独りで、彼女をどうにかできるとは思わない
桔梗さんを害なしと思っている学園に伝えても、ただ聞きいれられる事もなく、無駄死にするだけ
そして私だけじゃなくて、学園すら危うい

・・・ならば警告を出そうか
私の死を持って
幸い、私は4年生で一番成績が良い
その私が、殺されてしまったと分かるように死ねれば
・・・・・・少なくとも、先生方は気にしてくださいますよね、その意味を






私は部屋に戻って、手紙を書いた
それは、家宛に

家族は元気か、こちらは最近忙しいと
私は次の休み、もしかしたら家に帰らず残るかもしれないと
今は満月が出ていて、空がとても明るいのだと
新月をこえてまた満月が来たときに、もし家に帰ったら、みんなでお月見をしたいと

・・・・・・両親はともに忍者だ
いたって普通の、けれど"所々に墨が垂れてしまった"この文の意図を理解してくれることだろう

そしてもう一つ
新月に敵が攻めてくること、桔梗さんが間者であることを記し、小さく折りたたんで蝋で開かないようにした紙を、引き出しの奥にあるからくりにしまいこむ
いつもつけている日記に、いつもとは違う一文

“諦めがついたのなら、きっとこの奥に仕舞われた小さな想いが、世に見えることはないのに”

どうか気がついてくれたらいい
私の警告に、貴方達が







次の日
私は桔梗さんが一人のときに、昨日池のほとりに居なかったかと聞いた
居なかったと答えられて、私はほっとした表情を作る
そして告げた
誰か、知らない人の声が聞こえて、会話をしていたのが桔梗さんの声だったような気がしたから、と
違ったならそれでいいのだと言って私はきびすを返す



馬鹿な子どもだと思ってください
そうして殺しに来てください












案の定
私が一人で池のほとりに佇んでいると、殺気が襲ってきた
向かってきた手裏剣をクナイで弾く
きぃんと音がした
ただで死ぬつもりなんてない
あがいて、あがいて、あがきぬいて、そして散るのが私の役目
主の居ないまだ半人前の私だけれど、卵である私が守るべきは学園なのです



血が吹き出る
忍装束が血で染まる
鉄のにおいが、あたりに漂う
そろそろ終わりなのかな
私はそう考えながら、肩で息をした

黒い影が刃を煌かせ、私に迫る力の入らない手でクナイを握って、それを受け止めるべく構えた




そして、終焉





あつい
刃の刺さったその場所が燃えるように熱かった
視界が暗くなる、その前に、誰かの姿が見えた気がした

・・・愛していました、久々知先輩

呟かれることなく、その言葉は闇に消えた







叶わないを胸に