もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

再会の88


「――――」


人影に何かを言われた
その影に手を伸ばしたとき、ざぁっと風が吹いて、思わず目を瞑った
・・・目を開けたときに、そこには誰も居なかった




「・・・っ!」


がばりと飛び起きる
人影の顔は見えなくても、それが誰だか、私にはわかる


「・・・っにいさん・・・」


私が幼い頃に、雪斗兄さんはいい子にしているんだよ、とだけ言葉を残して、どこかへ行った
今では雪斗兄さんは居ないものとして扱われて、鉢屋に鉢屋雪斗という人物は存在していない
それでも俺は雪斗兄さんが生きていると信じていている
必ず俺のそばに帰ってくるといって出て行った兄さん
生きていればきっと、23歳になる



「・・・さぶろう?」
「雷蔵・・・すまない、起こしてしまったか?」


雷蔵が目をこすりながら体を起こした
あぁ、そんなにこすったら目に悪いよ、雷蔵・・・そう言ってその手を止めた
私もそう雪斗兄さんによく言われたな・・・そう思ったら、私は悲しくなった
もう雪斗兄さんが私にそういってくれることは無いのだ


「・・・三郎、泣いてる?」
「な、泣いてない・・・っ!」


俺は雷蔵にそう返して、それでもあふれてくる涙を止められなくて、目をごしごしとこすった
雷蔵はそれを止めようとして、けれど感情にさとい雷蔵だから、何か思ったのか、とめることはしなかった


「おやおや、三郎、そんなに擦ったら目によくありませんよ、ほら、涙を拭きなさい」


天井から、声がした
あの日と同じ一言だった


「雪斗・・・兄さん・・・?」
「はい、三郎。久しぶりですね、大きくなったものです・・・」


すたりと降りてきたその顔は、変装術で隠されていたけれど、その雰囲気は紛れもなく雪斗兄さんで、その服装は学園の教師のものだった
私は雪斗兄さんにしがみついた


「にいさ・・・雪斗兄さん・・・!」
「泣き虫ですね、三郎は・・・」


よしよし、と言いながらなでてくれる手はいつかと同じで暖かくて、私は柄にもなく大泣きした
雪斗兄さんは、笑いながら私の気がすむまでそのままで居てくれた





再会の88