もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ
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理事長室を後にした紅葉は、一人寮へ向かっていた
春休み中で生徒が帰省しているため、学園は静かだ
都会のようにざわめきがあるわけでもなく、ただ凪ぐ風に揺れる木々の音と、紅葉が引くキャリーの音だけが響く
しばらく歩けば、寮とは思えない外観の建物が紅葉を出迎えた
いくら常識が外と同じとはいえ、黒鷺もまた金持ち学校だった
故に、寮や建物が常識ハズレなのは同じで、今更紅葉が驚くことも無かったのだ
カードリーダに先ほど渡されたカードをかざせば、ぽーんと電子音を響かせて扉が開いた
足を踏み入れれば広いエントランスに、呼び鈴の置いてある扉が目に付いた
やけにアンティークな呼び鈴の紐を引けば、涼やかな音が鳴る

「はいはーい、どちらさま・・・?」
「編入生の、神薙紅葉です」
「あぁ、聞いてるよ。始めまして、僕は寮監の田中博人、よろしくね」

出てきた寮監に身分を明かせば、入ってと室内に招かれる紅葉
座っててねーと声をかけられながら、博人は奥に消えた
陶器の音がするため、お茶を入れにいっただけだと気づく
言われたとおり座って待っていれば、カップを持った博人が戻ってきて、紅葉の前にカップを置いた

「この学校についての説明は聞いたかな?」
「はい、こちらに来る前に一通り」
「うん、じゃあ僕は寮について説明するね。寮の鍵は貰ったと思うけどカードで、基本的に二人で一部屋だけど、神薙君は主席だから一人部屋、5階の501号室だよ。寮は地下2階、地上8階建てで、地下2階がスポーツ推薦者のためのスポーツジムと大浴場、地下1階スーパーとクリーニングセンター、1階が寮監室と応接室と食堂、2階と3階が一年生、4階と5階が二年生、6階から8階が三年生で、最上階が役員部屋になってるけど、ここまで質問は?」

問いかけに紅葉は首を振って答える
質問が無いことを確認した博人は続けるよ、といってから続きを話す

「月に一度各部屋に掃除業者が入るけれど、これは申請すれば業者は入らないよ、その代わり自分で掃除しないといけないけどね。洗濯も同じで、各部屋に備え付けの洗濯乾燥機があるよ。食事は食堂が一階にあるけど、キッチンがあるから自炊も可能で、材料は地下のスーパーで調達してね。個人宛の郵便は寮監室に届くから、家から何か届く場合はここに確認しに来て。もしもカードをなくした場合は必ず僕に知らせてね、カードの機能凍結と再発行の手続きをしないといけないから。まあ、再発行も時間がかかるから、無くなさないように気をつけて。学校で失くしちゃった時は寮入り口のインターフォンが僕の部屋に繋がってるから、そこで知らせてくれれば入り口を開けるよ。寮の門限は22時だから気をつけて、といっても、こんな山奥じゃ何も無いけど。結構駆け足の説明だったけど、分かった?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
「そっか、色々と大変なことも有るだろうけど、遠慮なく相談に来ていいからね」

失礼しましたと声をかけながら寮監室を退室し、エレベーターのボタンをおした
ランプが光り、エレベーターが居る現在の階数を示す上の数字が順番に光る
ぽーんと電子音が鳴ってドアの開いたエレベーターに乗り込み、5階のボタンを押す
扉を閉めるボタンを押そうとして、紅葉の視界の端に人影が見えた
扉を開けるボタンを押してその人影を待てば、それは同じように荷物を持った男子生徒だった

「ありがとうございますっ」
「いいえ、気にしないでください。何階ですか?」
「あ、5階に・・・って、もう押してある・・・。じゃあ、ニ年生?」
「そういう貴方もですか」

ぱちくり、と擬音がつきそうなほどにしっかり瞬きした男子生徒に、紅葉はふっと笑みを漏らした
黒鷺で紅葉と仲の良かった友人を彷彿とさせるからだ
つい先日まで彼らと共に居たというのに、既に懐かしみを覚えることに、離れてしまったのだと実感する
男子生徒は笑みを漏らした紅葉を見て、うわぁ、と声を漏らした時、ぽーんと音が鳴った
どうやら5階に着いたらしい
開くボタンを押し、紅葉は男子生徒に視線を向けると、彼は少し慌てるように降りて行く
紅葉はそんな男子生徒を見て、一つため息をついた


執筆 2011/09/21 修正 2011/11/10

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