もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ
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利親と紅葉が話している最中、ノックの音が聞こえ、すぐに扉が開いた
部屋に入ってきたのはまだ若い男性であったが、その顔に紅葉は見覚えがあった

「成彦さん?」
「久しぶりだな、紅葉。去年の正月以来か?」
「はい、ご無沙汰してます。ここに成彦さんがいるということは、理事長を?」
「あぁ、5年前に叔父から譲り受けた。紅葉をここに呼んだのも俺だ。他校を知るための交換っていう名目でな」

すまなかったな、と言った成彦に、紅葉は首を横に振った
わけも分からず強制的に学校を移されたことは、確かに理不尽だと感じていたが、どうやら訳ありのようだ
訳があるのにそれをいつまでも怒るほど紅葉は狭量じゃない

「紅葉、この学園の事は、どこまで聞いている?」
「まだ余り。少し三宮さんと話していたくらいですが・・・黒鷺とは・・・」
「あぁ・・・白鷺は、分かるとおり特殊だ。黒鷺は外部を積極的に取り入れているが、白鷺は反対で保守的なんだ。おかげで意識改革したくとも上手くいかなくてな・・・。高等部なんぞ、外部からの入学生は5人までと決められているから、どうしてもここの独特の雰囲気に呑まれ、順応するしかなくなる。一般家庭だから金持ちに逆らえないしな」

そこまで説明されて紅葉はなるほど、と相槌を打った
神薙は旧家で、神威と同じ古くからの家柄だし、そもそも元を辿れば二つの家は同じ血から始まっている
神威は早い段階で現代に順応し外を取り入れ、世界に名を轟かせている
それとは逆に、神薙は昔を今に伝え、ひっそりと本来の役割を今なお受け継いでいる
一般家庭では潰される危険がある、しかし潰さる危険のない者は有名で使えない
だからこそ、有名ではないが絶対に潰せない神薙の紅葉に白羽の矢が立ったのだ

「ただお前も最初は学校に慣れる事が必要だろうからな、慣れたら水面下から改革してくれれば良い。後は学校についての説明だが・・・」
「御託はいいです、覚悟は出来てます」
「・・・本当なら、紅葉にはこんなところ来てほしくなかったんだがな・・・」

利親の話で、既に大方予想が付いていた紅葉は、戸惑いも無くあっさりと説明を催促した
そんな紅葉に、がしかしとごまかすように髪をかいた和彦が、諦めたように説明を始める

「この学校は、ホモやらバイやらの巣窟だ。その恋愛対象は顔がいいヤツってのが第一、顔が良ければ何でもいいってやつだな・・・その象徴が生徒会だ。生徒会は一応全校生徒の投票で決まるんだが・・・その基準が顔でな。11月の生徒会選挙よりも前に出る新聞部の人気ランキングで上位になったやつが生徒会ってのが通例だ。ただし生徒会役員が決まる前に代表委員会と風紀委員会が決められていて、そいつらは生徒会役員にはなれない。代表委員会は生徒会の怠惰や風紀の行きすぎた処罰なんかを的確に見極めてもらうために各クラスの一番成績の良いやつが、風紀委員会は強姦や暴力なんかを取り締まるために腕っ節の良いやつがそれぞれ推薦されて所属する。生徒会役員になれない条件は後もう一つ、親衛隊に入っている事だ。もし親衛隊の対象と親衛隊の隊員が生徒会に所属するとなれば、親衛隊にとってソイツは抜け駆けってことになって均衡が崩れる場合がある。それを防ぐための措置だ」

そこまで説明すると、和彦は懐から銀色のカードを取り出した
紅葉には、ここまで来る間に佐治深雪が使っていたものの色違いに見えた

「これは寮のカードキー。このカードはクレジットカードになっていて、学園内の決済は全て済ませる事が出来る。図書館や顔の良いヤツの集まる生徒会室のある特別棟の出入りにも必要だから、無くすなよ。金は生徒会役員と風紀委員長、副委員長、代表委員会の委員長、副委員長が持っている。銀は学力特待生やスポーツ特待生、白が一般学生だ。紅葉のものは銀だが、中身は金と同じになっている。カードの請求は神威で持つから気にせず使え」
「全て持ってもらうほど、神威に迷惑は・・・」
「迷惑かけてるのはこっちだ、それくらいやらせろ」

ふっと笑った和彦は、紅葉の頭をぽすりと撫でた
紅葉はありがたく受け取っておくことにします、と言ってカードを受け取り無くなさないようしまった


執筆 2011/09/21

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