もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

いま恋をしていますか?







どこかざわつく空気
何かあったのかと思っても、私に確認するための術はない
外から隔離され、特定の人間しか来ないこの場所に、近づく人はほぼ居ない

そういえば、今日は誰も来ない
最近は夜が訪れれば毎日のように、誰かがこの場所に来たというのに
といっても、来る人なんて、屋敷の偉い人ばかりだけれど

あぁ、そういえば夜は忍者のゴールデンタイムだったっけ
既に昔の事のようにぼんやりとそう考える
もしかして誰かがこの屋敷の主人を殺しに来たんだろうか
それだったら私はもうここで縛られなくてもいいのかもしれない
でも、邪魔するのは繋がれた鎖
壊れそうになるたびに新しくされて、絶対に外に出させないと主張する
ここに来てから一度も屋外に出ない私の肌は、病人のように白い
それでも病気にならないのは、私が正気だからなんだろうか?

誰でもいいからここから出してほしい
それが左門くんだったら、何て都合のいい思いを抱きながら
私は今日も、閉鎖されたこの場所で眠る



―――――
side:左門



六年生に上がって、既に卒業も近くなってきた
既に板についてきた忍務時の黒い装束
黒装束を纏うときのぼくは、忍たまではなく忍者だ


『作、三之助』
『どうした?左門』
『なんか見つけたか?』


どこかで行けと訴える、屋敷の奥へと続く一本道
矢羽音で一緒に来ていた作と三之助を呼んで、向こうに言ってみても良いかと聞く
一人で行ったら、しばらく彷徨ってしまうと分かっているから
作は仕方ないなとでも言うように了承して、三之助とぼくの手綱を握って奥に進んだ


「こんなところになにがあるんだ?」
「見たところ、怪しいところはないな。おい左門、何もないじゃねぇか」


一緒に来た二人が不思議そうにぼくを見て
けれど二人の声に反応したのか、小さくどこかから音がした


・・・だれか、いる・・・の・・・?


それは音ではなくて、かすれたような声
その声に、作と三之助の気がぴんと張った
けれどぼくは、その声に警戒なんてしなくて
むしろ、ずっと探していた


「さゆり?」
だ、れ・・・?
「ちょっと待てよ左門。さゆりって・・・2年前に行方不明になって見つかってないっていう天雨・・・?」


ぼくがこぼした名前に、食いついたのは作で
さゆりはいつもくのたまの敷地まで迷い込むぼくや三之助を作の元まで返してくれた、いわば作にとっても三之助にとっても交友関係のあった友人
三之助も思い出したのか、あー・・・あの天雨?とこぼした

少し遠い場所から、鎖のような音がする
その音の場所に行けば、簡素な扉があり、その向こうから音が聞こえた
特に鍵もないその扉を開ければ、部屋の隅に座り込む女の姿


「・・・かんざき、くん・・・?」
「さゆりっ」


記憶にあるさゆりよりも白い肌で、年齢も重ねて可愛らしいではなく美しいが似合うようになったさゆりが長い鎖に足を繋がれて居た
久しぶりの再会に、手繰り寄せるようにその身体を抱きしめて
あの頃は少しぼくのほうが小さかった身体は、いつの間にか彼女のほうが小さくなって
強く力を入れれば折れそうなほどに細い


「か、んざきくん・・・神崎くん・・・っ!」
「無事で、よかった・・・っ」


はらはらとさゆりの頬を滑り落ちる涙を、口元の布を下げてすくって
どちらからともなく寄せた唇は、涙の味がした



いま恋をしていますか?

あなたをずっと しています






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