もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ

今日はきみにとってどんな日でしたか?






家に帰れば、誰も居ない家
あまりにも不審すぎる
だって、あの文は確かに家からと言われて送られてきたもの
筆跡だって、父さんの字だった
いつも家に帰れば、皆迎えてくれたのに


「どうして・・・?」


意味のない、けれど口をついた言葉
けれどそれは引き金となって、ざり、と後ろで音がした
振り返れば村でも見たことのない人の姿
今私は荷物を持っていて、圧倒的に動きづらい
それも、武器は帯の間にある棒手裏剣一本だけ
もし私が成績が良かったとしても、今の状態では戦えない
といっても、私の実技の成績は良くて中の上だったのだけれど

どさり、と音を立てて荷物が落ちる
その音を皮切りにするように私は走った
裾が足に絡みつき走りにくい
けれど、足を止めるわけにはいかなかった
どんなものにも終着点はある、それは追いかけっこも同じ
あくまでも行儀見習いの私は、忍者としての力をそこまで持っているとはいえない


「っあ!」


疲れからか、道の石ころに足を取られ、体制を崩したまま直せずに倒れこむ
慌てて立ち上がり、再び走り出そうとしたとき、手間かけさせやがって、という言葉とともに、首裏への衝撃
私の意識は闇に落ちた





目が覚めたときには、鎖で足を繋がれた座敷牢
周りには見た目の良い女の子達
少し離れた場所に、妹達が居た
恐る恐る名前を呼べば、絶望の表情を浮かべた
姉さんだけが、居ない
妹達は、二日も一緒にいないうちにごろつきのような男達に連れて行かれた
何日も居れば分かる
ここは、きっとお金の代わりにつれてこられた子ども達を売り買いする場所
いかにもお金持ちだという人が、毎日のように牢屋の中を覗きながら歩き回る
私はお金の代わりに学園から戻されたのかと
そんな薄情な親に吐き気がしたし、両親を信じきれない私にも嫌気がさした

そんなある日、私は妹達と同じように買われた
実家のあった村の隣街の有力者の元
質の良い物を着せられ、質の良い食事を食べさせられるものの、鎖に繋がれて出入り口は外からかけられる
外が見えるのは北に向かった小さな格子のついた窓だけで、日の光りが直接入ることは無い
どこか暗く感じるその部屋で、私はまさに籠の鳥だった

自害が出来たら、どんなに良かったことか

それでも自害できなかったのは、きっと心のうちに秘めていた想いがあったから
忍を目指す彼ならば、いつか助けに来てくれるのではないか、と
米粒ほどに小さな希望に、私は縋って


「神崎くん・・・」


空は、彼にも繋がっているのに
繋がれた鳥は、空を焦がれ羽をもがれる



―――――
side:左門


1年が終わって、4年から5年にあがる
試験は春に行われて、きっと仲間がまた少なくなる
でも、それよりもぼくにはやっぱりくのたまの友人とも言えた彼女が気になって


「天雨・・・」


行儀見習いだった彼女は、今どうしているんだろう
知らない男と夫婦になって、誰とも知らない人の隣で笑っているんだろうか
そう考えると、なんだかむかむかした
それでも、過ぎてしまったものに、ぼくがどうしようもできるはずも無いんだ

気がつきそうになった気持ちに、蓋をした



今日はきみにとってどんな日でしたか?






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