変装の名人 「よ、雷蔵、後ろのくのたまは一縷か?」 「うん、そうだよ、よく知ってたね三郎」 こちらを見ながら、そう不破くんに質問して どうやら向こうはこちらを知っているらしい 私も、向こうを知っているといえば知っているが、変装の名人である、としか知らないし、通り名は知っていても名前は知らない だから友人に、アンタ鈍い、と言われるのだけれど 「ふぅん、噂よりも無害そうだな」 「え、噂?」 「雷蔵も聞いたことあるだろ、七松先輩みたいなくのたまが居るって」 どうやら私はこちらだと有名らしい その理由は、一つ上の六年生の先輩にあるようだけれど 私はその、七松先輩とやらを知らない 友人によれば、暴君、らしいけれど・・・ 「私、鈴音さんに害を及ぼす気はありませんよ」 「くのたまだから、一概に信用するわけには行かないな」 「そうしたいなら・・・貴方の勝手ですから、別にそれでもかまいませんけれど・・・。私は、特に気にしませんし」 観察するような、そんな視線は相変わらずだったけれど、私は特に気にしないから、と受け流すことにした くのたまの友人達は、そういうのはあまり好きじゃないみたいだけれど・・・ 策略とか、そういうのは私にはない だって、私はただ死ねればいいから 策略って、生き残るためのものでしょう?なら、死ぬために生きている私には必要ないから はた、と気がついたように、私は彼に声をかける 「あの、名前を聞いても?」 「は?知らないのか?」 「変装の名人だというのは知っていますが、興味ないから忍たまのほうはあまり知らないのです」 驚いたように、けれど怪訝に眉をひそめた彼に、私はなんでもないことのように返す そんなに興味が無いとダメなのだろうか? 私を殺してくれない人に、興味はない それを顔に出すことはないけれど 「私は鉢屋三郎だ」 「私は知ってるみたいですが、一縷ほのかです。忍たま長屋で生活することになります。もっとも、授業はくのたまの方で受けますので、あまりかかわりはないかもしれませんけれど・・・」 「ふぅん?まあ、私は鈴音さんに被害が及ばなければ別にいいさ」 興味なさそうに視線をそらされて、私は肩をすくめた いくらこちらが愛想を良くしても、これでは私は溶け込むことはなさそうだ まあ、忍たまには興味ないし、むしろ自分の命だってそんなに興味ないけれど 彼改め、鉢屋くんは私は委員会があるから、と言って手を軽く上げると行ってしまった その後姿を見送ってから、不破くんが困ったようにごめんね、と謝る それにきょとりとしたのは私のほうだ 「どうしてですか?」 「どうしてって・・・三郎が一縷さんの気に障るようなことを言ったから・・・」 「私は特に気にしていませんし、もしそうだとしても不破くんが謝ることはありません」 言葉と一緒に出来るだけやわらかく笑って やんわりと部屋への案内を促す 不破くんは慌てたようにごめんね、と言うと、こっちだよと前で先導し、部屋に案内してくれる 私は一般人だと聞かされている鈴音さんが引っかかりそうな場所にある罠を解除しておかなければ、とその場所の確認をしながら、不破くんの後ろについていく 少し歩いて、長屋の外れの部屋の前で止まった 「ここが二人の部屋だよ、使ってない部屋だけど、昨日僕らが掃除したから、大丈夫だと思うんだけど・・・」 そういわれて入った部屋は、生活感がまったくないものの、ほこりっぽくはなかった ただ、布団がある様子はないので、これから持ってこないといけないのだろう 私の分は自分の部屋から持ってくればいいのかもしれないけれど、鈴音さんの分は事務室に言いに行かなければならない そこまで思考をめぐらせて、私は不破くんを見た 私よりも不破くんに任せたほうが、鈴音さんには良いだろう 「不破くん、布団を運んで来ますので、鈴音さんと居てもらってもかまいませんか?」 「うん、分かった」 「あ・・・ごめんなさい、一縷さん」 「鈴音さんは気にしないでくださいな」 私は申し訳なさそうに頭を下げた鈴音さんに、笑みを浮かべながら言葉を返して 不破くんに鈴音さんを任せると、事務室に足を向けた 変装の名人 → 戻 |