もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ
忘れた情景




side:雷蔵


一縷さんの家を出て、村の道を歩く
広場のようなところに出ると、子ども達が走り回っていた
その様子に、森の中にあるってだけで、ホント普通と変わらないなぁと感じる
様子を眺めていると、一人の子どもがこっちに気がついた


「あ、ほのかねぇと一緒に居た人!」
「えっ、あ、ホントだー!お兄ちゃん、きてきて!」


男の子と、その隣に居た女の子・・・さっき、来てすぐに一縷さんに話しかけていた二人に僕は手を大きく振られて呼ばれる
僕は呼ばれた二人のいる広場の中心に歩いていった
つけば、すぐに囲まれて話をねだられる


「ねえ、お兄ちゃんなんていう名前なの?」
「ほのかおねえちゃんとの関係ってなあに?」
「村の外のほのかねーちゃんってどんなかんじなんだっ?」
「「「お兄ちゃん、教えてー!」」」
「い、いっぺんに言われてもこまるから、順番にね」


きらきらとした目で口々に質問をされて、僕はその勢いに押されつつも、苦笑しながら言葉を返した
一縷さんから言われてはいたけれど、ここまですごいだなんて想像もしてなくて、正直吃驚した
次々に聞かれる質問に、僕はきちんと答えていく
・・・たまに返答に迷いそうになったけれど、そんなことをしたらきっと子ども達がすねてしまうような気がしたから、どうにか頑張ったから、たぶん全部質問に答えられたんじゃないかな


「雷蔵お兄ちゃん」
「うん?なに?」


くいくい、と控えめに着物のはしを引っ張りながら、僕を見上げる一人の女の子
僕はその子に目線を合わせると、どうしたの?と聞いた
女の子はあのね、と言って話だす


「私、前にほのかお姉ちゃんが森の奥の、切り株だけがある開けた場所で、泣きそうな顔で空を見上げてたのを見たことあるの・・・。お姉ちゃんがいってるところは、そんなに辛いところなの・・・?」
「え・・・」

子どもながらに、その涙が痛そうに見えたのかもしれない
そんな事を思ったのと同時に、一縷さんが泣く、という情景が思い浮かばない僕は、すこしだけ動揺した
だって、アレだけ学園が真っ二つになって、先輩達から目の敵にされてた一縷さんが泣くような・・・泣きかけるような表情を、僕は見た事がないから
いつだって何でもなさそうに表情を消して、ただ学園を守っていた一縷さんが、泣きそうだったって・・・
記憶の底には、"彼女"の寂しそうな顔が眠っているはずなのに、思い出せないのは、誰のせい?
遠い何かが、ちらりと脳裏をよぎった気がしたけれど、僕はそれに気がつかなかった



忘れた情景






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