もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ
何気無い一言




side:雷蔵


一縷さんについていった先には、こじんまりとした、けれど一人で住むには広い家がたたずんでいた
居間に通された先で、くるりと部屋を見回しても、当たり前だけれど整理整頓されすぎて生活感がない
・・・けれど、その物の無さは、少しだけ当たり前じゃなかった


「茶菓子が無くて申し訳ないけれど・・・」
「あ、ううん、気にしないで。むしろ今までここにいなかったのに、あるわけがないし・・・」
「そう・・・ありがとう。・・・私は食料の調達をしに行くけれど、不破くんはやる事がないでしょう、どうする?」
「もしよければ、村を見ててもいい?」
「構わないわ、別に見られて困るところはないし・・・。ただ、色々聞かれるかもしれないから、それは先に謝らせて、ごめんなさい」


お茶を持ってきてくれた一縷さんに許可を貰えば、すまなそうに謝ってきたので、僕は慌てて首を振る
一縷さんの学園の事での知るのは僕だけだし、それは仕方ないと思う
この村から学園に来る人が居ればまた別だけれど・・・学園はなんだかんだいってお金がかかるから、難しいかもしれない
・・・それを考えたらきり丸って凄いんだなぁ


「それじゃあ、また後で」
「うん、いってらっしゃい、一縷さん」


出て行った一縷さんを見送ってから、僕は入れてくれたお茶を飲みきると一縷さんの家を後にした



―――――
side:ほのか


家の戸を閉めて、私はぽつりと呟いた


「家を出るときにいってらっしゃいって、初めて言われた・・・」


思えば、幼い頃から家を出るときは親に見つからないように、気配を押し殺してそっと森に逃げ込んでいたし
家は、帰るための場所には出来なかった
居心地の悪い家族・・・ううん、血のつながりがあるだけで、アレは家族といえるような関係じゃなかった
村を作ってからは・・・村の人たちがおかえり、やいってらっしゃい、といってくれたけれど・・・家の中は、私一人だったから
何故だろう、あの一言が、やけに嬉しく感じるだなんて
・・・何気ない一言で、私が感情を動かすなんて・・・まるで"彼"みたい

そこまで考えて、私はふるりと頭をふった

今は、食料の調達のために家を出てきたのだから、早くそれを終わらせてしまおう
この村が、あたたかい人たちばかりだとしても、知らない場所に一人というのは、あまり居心地のいいものではないだろうから

私は村のはずれにある共同貯蔵庫に足を向けた



何気無い一言






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