もう一度だけ 名前を呼んで | ナノ
守るモノ







“岩美”
それは私の始まりの場所
様々な意味で原点とも言えるその場所を、私が故郷と呼ぶことは許されない

用事を終えた不破くんの後姿を見送って、私は血がついたままの服に手をかけた
新しい制服を取り出して着替える途中、嫌でも目に付くのは沢山の傷
す、とそれを指でなぞる
これが消えないことは既に承知している
嫁に行く場所など無いし、先ず私がただ女として一生を過ごすことは無理だろうことは、この学園に入る前から分かっていたことだから


「・・・もう、行くことはないと思っていたのに」


あの日
私は追い出されるように金を持たされて、私は学園に来た
・・・ようにじゃない、追い出されたんだ
あの時期、たまたま殿様の代が変わって、まだ慌しかったときを狙って来た敵
ただ守る事しか考えずに、この“力”を振るった
まだ、幼い子どもが血濡れになって、刃物を奪い、ただひたすらに血の雨を降らせる
それがそんなに恐ろしく見えることか
・・・私はただ守りたかった
けれどその思いは届かなかったし、これからも一生、届くことは無いんだろう
私はため息をついた


「ほのか」
「・・・茅野?」
「聞いたわよ、忍務にいくんでしょ?」


私の名前を呼び、すたりと天井から降りてきた茅野に、私はその場所に居る意味を問いかけるように彼女の名を呼んだ
茅野は心得たとばかりに笑みを浮かべ、私の前に座る


「ほのか自身は死んだらそれで終わりかもしれないけど、残される私たちのこともう少し考えてよ」
「・・・う、ん」
「学園の外に行くなら・・・幼少の時の子とまた会えるかもしれないでしょ?ほのかのこと、少しでも変えてくれた人に」


茅野の言葉に、覚えてたの?と私はつぶやく
茅野はとーぜん、と肯定して笑った
茅野に、私が幼い頃に影響を与えてくれた人がいるのだと、自分から死ぬことはよくないことだとは分かっているけれど、良くも悪くも"人を守ること"を教えてくれたのは彼なのだと、そう話したのは1年生の頃の話
この5年間様々なことがあったから、てっきり忘れられていると思っていたのに


「絶対に死ぬなとは言えないわ、だって私たちはくの一だもの。でもね、生きることを簡単にあきらめないで?上もいなくて同い年もいない私じゃ、くの一の後輩たちは纏められないもの」
「茅野・・・」
「必ず戻ってきてね、待ってるから」


ふふっと笑ってそう締めくくった茅野は、用は済んだとばかりに天井から部屋を出ていった

ひとりになった部屋の中で、私は手のひらを見つめた
今、私がこの手で守るべきものはなんなのだろう
あのときは、街の人たち・・・家族だった
なら、今は?私は今なにを守っているのだろう

ふいに気配を感じた
・・・また来たんだね、懲りないなぁ
そう思いながら、私は静かに部屋を出て行った



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