水面に投じる一石 side:雷蔵 図書委員会から部屋に帰る途中、廊下を歩いている最中に、後ろから足音が聞こえた お客様が居てもおかしくない場所だけれど、その足音はどこか軽くて、大人の足音ではない 気になって振り返ると、そこには橙の着物を纏った女の子の姿 僕よりも少し年下かもしれない 藍色の髪を高くかんざしで結って居る 彼女はふ、と何気なくこちらを見た そして見開かれる目 「らい、にい?」 「・・・琴音(ことね)?」 「やっぱり、雷兄だ!久しぶりやね、元気にしとった?」 嬉しそうに笑った琴音 幼少期に故郷で仲の良かった彼女はその頃の面影を残すものの、言葉はやけにかわっていた おかげで少し違う印象を受ける 「琴音、言葉遣い変わったね」 「うち、今吉野の商人さんの所の子どもなん。周りがみぃーんなこんな言葉遣いやから、皆にあわせとるんよ。昔の方が雷にいには馴染み深いかもしれんけど・・・」 もう癖になっとるからなおらんの、と苦笑する琴音 琴音はあ、と思い出したように声を漏らした そして僕に投げかけられた質問 「雷にい、鈴ねえ覚えとる?」 「すず、ねえ?」 「鈴音ねえ、覚えとらん?雷にい、仲良かったやろ?」 「・・・鈴音?」 "鈴音" それは、この間まで居た鈴音さんのことだろうか? ・・・知らない、知らないはずなのに、引っかかる何か 「・・・その鈴音さんが、どうしたの?」 「どっかのお城に侍女として就職したんやって手紙きたんやけど、それ以降連絡が無いから、もしかしたら仲の良かった雷にいのところになにかきてるんやないかって思ったん」 城への就職 きっとそれがシャグマアミガサタケ城なのだろう けれど、どうして僕は鈴音さんを覚えていなかったんだろう? どうして鈴音さんは僕に、幼馴染だと言わなかったんだろう? 答えを聞きたくとも、知っているだろう彼女は既にこの世に無い 「あ、そういえば、雷にいって、小さいときおとんについて一ヶ月くらい別の町に行ってたとおもうんやけど、それってどこやったっけ?」 「え、そうだったっけ?」 「もー、雷にいは忘れんぼさんやなぁ。もしかしたら今度行くところが雷にいの行ったところかも知れへんって思ったのに」 せっかく約束した言うてた子さがしたろ思ったのにー!とむすりと頬を膨らませる琴音 けれど琴音の話す昔の話は、僕の中には全然覚えの無いことで 知らないはずなのに知っているといわれる、そのことに少しだけいらっとした 知っているはずだと、そういわれても知らないものは知らないのに それは、本当に知らないことだった? 「雷蔵」 「三郎?」 「えぇっ?!雷にいが二人おるー!」 三郎が屋根の上から降りてきた その顔を見て琴音が大げさに驚くと、三郎はいい反応だな、こいつ!と笑った 琴音に三郎のことについて説明すれば、兄ちゃんすごいんやな!と納得したように笑う まだ話すのなら食堂にでも、と思ったとき、琴音を呼ぶ声がした 「あ、父さんや。用事が終わったんやね。雷にい、また遊びに来るなー!」 琴音はそう一方的に言うと、ばたばたと急ぐ足音を立てながら声のしたほうへ走っていた 残されたのは僕と三郎 三郎は肩をすくめると、部屋に戻る、と歩き始めた 僕も特に用事はないし、元々部屋に戻るつもりだったから、とその後を追う 琴音との話で沸いた違和感を胸のうちに抱えながら 水面に投じる一石 → 琴音の口調はもどきです とりあえず、離れたとこの子を表現したかったので、手っ取り早いのが口調かしらーと・・・ 2011.09.11 琴音の家を明石から吉野(奈良県)に変更 戻 |